大学コース説明会レポート、面接・留学体験談

2008年11月18日

ジミー・チュウ旋風、日本を席巻!!


Cordwainers(現London College of Fashion)の出身で、今世界で最も注目されているシュー・デザイナー、ジミー・チュウ ロンドン芸術大学名誉教授が日本を訪問、各地でジミー旋風を巻き起こしました。

今回の訪日はブリティッシュ・カウンシルの招聘によるもので、2008年10月18日、19日に行われた英国留学フェアではメイン・ゲストとして教授自身のデザインによる12ペアの靴の展示やプレゼンテーションが行われました。

 
英国留学フェアに先立ち、教授は『London Calling』にも出席しました。『London Calling』は、日英修好150周年の記念イベントとして開催されたロンドン芸大卒業生による展覧会で、10月16日~19日、新宿・文化学園クイント・ギャラリーで開催されました。教授は100名近い来賓を迎えたオープニングでテープカッターをつとめました。



続いて行われた記念スピーチでは文化学園の250人収容の大教室が満席になりました。この250席は公募で選ばれた一般の人々にオファーされたのですが、「友達の分も応募したい」「母と叔母の席も」果ては「ご近所の奥さんも」と追加席のリクエストが続出。当選者からは「本当にうれしいです」「憧れのジミー・チュウさんに会えるなんて」という熱い声が多数聞かれ、運営スタッフ自身が戸惑うほどの反響でした。


文化学園という場所柄デザイン学生たちも多く参加したこの日のスピーチでは、チュウ教授のマレーシアでの子ども時代の話から、留学生としての英国での苦労など、デザイナーとして今の名声を勝ち取るまでの興味深いエピソードを聞くことができました。

   

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「実家が靴の工房だったため、子どもの頃から父親の脇で靴作りをしていた」「旅行でたまたま訪れたロンドンで、Cordwainers(現London College of Fashionの靴・アクセサリー学科)に出会い、ここで靴作りの勉強をしたいと思い入学することにした」という原点から、「留学生時代は、他の学生が9時にスタジオ入りするところを、自分は毎日8時に入って靴作りをしていた。1983年に卒業するまで毎日続けた。誰よりも数を作ったし、誰よりも長い時間作業した」「最初の工房は1986年、東ロンドンの貧民街Hackneyにたった一人で構えた。最初に売れた靴は一足50ポンドだった」という、世界第一線の靴デザイナーというきらびやかなイメージとは正反対の苦労話まで盛りだくさんの内容に、思わず身を乗り出して聞き入る参加者の姿が多数見られました。

 

 
また、一般に言われるコンセプト重視の英国式アート&デザインのものの見方とは異なり、craftsman(職人)の立場からの「靴作りという非常に職人的な分野においては、芸術的なセンスよりもまずは技能修得が不可欠。私自身も寝る暇も惜しんで靴作りに専念した若かりし時代があればこそ今がある」という教授の言葉には説得力がありました。デザインのアイデアはどのようなところから生まれるのかという質問に対しては、「自分が生きている環境全てが新しいアイデアを呼び起こしている」との答え。普段見逃しがちなものに眼を向けることの大切さが強調されて印象的でした。また、女性はフェミニンでエレガントでなければならないという教授の女性観も披露され、参加者たちにとってはジミー・チュウ・デザインの秘密の一部を知るおおきなきっかけになったようです。

 

 
  最後に教授の述べた「私はラッキーだったのだ。私よりも技能や才能がある靴デザイナーは世界に大勢いるし、だからこれからも努力しなければならないと思う」という言葉は来場者に深い感銘を与えました。プレゼンテーション終了後には、真摯な来場者の姿勢に心を打たれたチュウ教授が自らサインしたポストカードを来場者の一人ひとりに贈るというハプニングが。驚喜した多くの人がジミー教授を取り囲み、予定時間を大幅にオーバーしてしまいました。


  続く10月18日東京、19日大阪でそれぞれ開催された留学フェアでのプレゼンテーションにも200名以上の観客が押しかけ、プレゼンの後の即席サイン会ではまたしても長蛇の列。
 

 
新品の靴にサインしてもらおうと近所の百貨店へ「Jimmy Choo」ブランドの靴を買いに走る参加者まで登場するなど、またしても大騒ぎとなりました。時間の都合上途中で打ち切らざるを得なくなり、サインをもらえなかった人には後ほど郵送することを約束してその場の収拾がつきました。
 
 

   


また10月19日夜には、神戸のNPO法人の招きで地元の教育関係者、企業家、学生など100名近くの人たちとの懇親会が開かれました。会場は神戸湾を巡る豪華クルーズ船上。ジャズ(生演奏)のサウンドをバックに展示された教授の靴。質疑応答やサイン会、そして写真セッションがそんな中で延々と続きました。神戸は従来から靴の工房が多く「履き倒れの街」として靴への関心が伝統的に高い土地柄といわれています。そのせいか、参加者の熱狂ぶりもひとしおでした。神戸ファッションに身を包んだ女性たち、がっちりスーツを着込んだ男性たちが押し合いへし合い教授のサインを求めてずらり行列、またもや時間オーバーかと主催者が気を揉む一幕もありました。


 

このようにして教授自身が台風の目となり、行く先々で黒山の人だかりを作りながら東西を横断した3日間のツアーでした。この間、東西4つの会場で750名以上を集めたチュウ教授、日本人の靴に対する意外なまでの関心の高さを垣間見たイベントでした。

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