大学コース説明会レポート、面接・留学経験談 http://www.unicon-tokyo.com/report/ ja 2008-12-08T12:47:49+09:00 File8.照井亮さん http://www.unicon-tokyo.com/report/archives/2008/12/file8.html CSM卒業生がAERA Englishの特集に登場

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 Central Saint Martins(CSM、セントラル・セント・マーチンズ)卒業生の照井亮さんが、11月23日発売の「AERA English 1月号」内の特集「海外で挑戦する日本人」に取り上げられました。


 照井さんは日本で美大を卒業後、数年のデザイン事務所勤務を経て2005年にユニコンを訪れ、CSMのMA Creative Practice for Narrative Environmentに出願し合格。翌2006年夏に渡英しました。2年間の大学院コースを2008年7月に卒業し、現在はLumsden at Small Back RoomというRetail & Environment(商業空間デザイン)を専門とする英国のデザイン・コンサルタント会社に勤務しています。学生時代にはじめたインターンがきっかけでそのまま就業することになり、現在インターン期間を含め1年半勤務しています。


 現勤務先ではインテリアや空間デザインを担当する照井さんですが、日本の大学での専攻は情報デザインだったそうで、学部時代とは全く畑が違います。そのことについて質問すると「たしかに僕はもともと2D(平面)デザイン出身ですが、東京で勤めていた会社がインテリア、グラフィック、プロダクトなど多岐分野をカバーするいわば“何でも屋”だったので、そこで幅広くいろいろなデザイン分野の仕事を経験しました。そこでもっと大きな視点でデザインというものを見て仕事を全面プロデュースできるようになりたいと思うようになったんです。それが留学を決意したそもそもの始まりで、3D(立体)デザインに転向するためにロンドンに来たんですよ。なので、日本での社会人時代の経験と留学で学んだことがちょうどうまくつながって今に至る、と思ってます。」と語ってくれました。


Final Workの写真


学校での作業風景
 「MAで得た最大の財産は人脈です。コース参加者のほとんどはプロとして何らかの仕事を経験してきた人たちでした。スクリプト・ライターやキュレーターなど、デザイナーだけでなく芸術分野からさまざまなバックグラウンドの人が集まっていました。また、そういう他分野の人たちと一緒にプロジェクトをすすめていくことで、より大きな枠組みの中での”デザイン“というものが分かるようになったことも大きな収穫でした。」という照井さん。現在の会社でのインターンも、コースワークの一環として教授の紹介ではじめたそうで、「教授は各界に広いコネクションを持っている人で、プロジェクトやリサーチをすすめる際にとても役立ちました。ある点で行き詰ると必ずその道の専門家を紹介してくれたおかげで、学校の外にも皆それぞれこの先進んでいきたい方向にマッチした人脈を築くことができました。」とのこと。

Final Presentationの模様 
ところで照井さん、コースでの一番の泣き所はやはり“英語”だったようです。ブリティッシュ・カウンシル東京の英語コースと、ロンドン芸術大学(UAL)がコース開始前の留学生を対象に行う夏の英語予備校を経てMAをスタートした照井さんですが、それでもクラスメイトとのコミュニケーションには苦労したそうです。大学院課程ともなると、“クラスにたった一人の日本人”という状況も決してめずらしくありません。照井さんの場合には幸いにもあと一人日本人学生がいたそうですが、その彼女はBA(学部課程)から上がってきた人。渡英したての照井さんよりはずっと“現場慣れ”していました。こんな環境のため大学院コースの開始当初は勉強の大変さとストレスでげっそり体重の落ちた照井さんでしたが、それでも奮闘していくうちに同級生たちと互いに刺激しあえる関係を築けるようになりました。「英語に自信があるかって言われたら今でもないですよ、全然。大変で!」と謙遜しながらも大学院を無事に卒業し、英国でデザイナーとして勤務しているのですから、努力が確実に実を結んでいるのに違いありません。「卒業制作提出直前の夏場は今考えると本当に地獄でしたね。6時にインターン先の勤務が終わって、それから夜の11時まで開いているUAL本部ビルの学習スペースに篭ってひたすら作業・・・という毎日でした。週末は別のアルバイトもしていましたし。」と追い込み時期を振り返り、「ずっと走ってきたので、今年の冬は日本に里帰りしてのんびりするつもり」と、やっとリラックスできるという喜びをにじませていました。




 「今勤めている会社は、メインの顧客がロンドンの主要美術・博物館という、かなり大きな仕事をしている会社です。なので、そこでもう少しいろいろな経験を積んで実力とハクをつけてから日本に帰って自分のやりたいことを自由にやろうと思っています」と今後の展望を語る照井さん。どのように実現していくのか、今から楽しみです。




 

AERA English: http://publications.asahi.com/ecs/13.shtml

→ 照井さんの登場ページの“立ち読み”はこちらで:http://digimaga.ocn.ne.jp/

Lumsden at Small Back Roomホームページ: http://www.ldp.co.uk





<写真解説(上から)>

1.照井さん

2.Final Workの写真

3.学校での作業風景

4.Final Presentationの模様

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この人にききました unicon 2008-12-08T12:47:49+09:00
<![CDATA[<center><font size="large">■□■ 今のところ楽しいデス?! ■□■</font><br>-UAL(と英国生活)サバイブ日記―<br>□■□ MA Interactive Media □■□</center>]]> http://www.unicon-tokyo.com/report/archives/2008/12/_ual_ma_interac_1.html  ロンドン芸術大学London College of Communication(LCC)のMA Interactive Mediaで勉強中のユニ学生から近況報告が入りました。コースは「今のところ順調に楽しんでいる」という彼女ですが、噂に高いハウジング・サービスや学生寮でのあれこれ、英国銀行でのたらい回し攻撃などの“洗礼”にもしっかり遭遇している模様。そんなあんなをストレートに報告してもらいました。

語り手:
Mayu Nakamura
 大学卒業後、映像関連企業に就職。毎日忙しく働く中、このネット化の時代、変化の激しい映像業界に対応できる人間にならなくてはと痛感し留学を決意した27歳(アラサー前夜?)
 学生時代に語学留学したシェフィールドでの半年間が唯一のイギリス体験。「今度またいつか、自分の専門分野の勉強をしにこの国に戻ってきたいな」とその時思った。


 こんにちは。特に何かあった訳ではないのですが、たまには近況報告を・・・と思いご連絡しました。皆様、お元気でいらっしゃいますか?


●MA Interactive Mediaはこんなコース●
 コースが始まってからそろそろ1ヶ月半位になりますが、今のところ順調に楽しんでいます。クラスは20名ですがイギリス人は3人のみ、あとは17カ国から集まった多国籍クラスです。EU、アジア、その他で大体3分の1ずつくらいです。日本人は私一人なのでちょっと不安でしたがみんなビックリするくらい仲が良くて、プライベートで週末も集まったりしています。クラスの大半が同世代(20代中~後半)というのも大きいんだと思います。

 コースの内容も面白くて、一言でいうと「バランスのとれたコース」です。
 「インタラクティブメディア」=「ウェブデザイン」だと思われがちなのですが、このコースでは一つのメディア(たとえばウェブ)にとらわれず、もっと幅広い視点から「インタラクティブメディア」とは何か、それで何ができるのかを考えています。たとえば、今はMacやWindowsに変わるOSのデザインをしています。メディア理論を踏まえながら、インターフェイスをデザインしなおすというプロジェクトを行っています(ちょっと話が専門的ですかね?)

 モットーは「理論も実践もバランスよく」で、理論で固めただけのアイデアや机上の空論だけで終わるのではなく、実際に作って試してみて、リアルに使えるものにするにはどうしたらいいかを考えるところまで求められます。だからといって、表面上のソフトウェアの使い方やデザインスキルだけを勉強するわけではなく、その裏にある自分の理論・コンセプトをきちんと説明する必要もあります。


 コースは基本的にチームプロジェクトがベースです。多国籍なクラスで、過去の経験も様々なので、いろんな考え方、ワークスタイルに出会えるのも面白いですね。自分の固定概念に対して真逆のアプローチをしている人もいるので刺激になり、こういう体験もまた「バランス学習」の一つかなぁ・・・と思います。みんなで外に出てリサーチをしたり、インタビューをしたり、デザインについて話し合ったりするのは本当に楽しいです。

 さすがにディスカッションになると、自分の言いたい事が伝えきれず悔しい思いをする事が多いですが、それも少しずつ慣れていってます。むしろ一番英語で大変だったのは、理論レクチャーの為のreadingだったのですが・・・イギリス人も「難しい・・・」とぼやいていたので、安心しました(笑)。むしろみんなでレクチャー後にああでもない、こうでもないと話し合いながら勉強しているのでレクチャーも無事についていってます。



●行ってよかった、ELUPP●
 話は前後しますが、夏のELUPP、受けて良かったです。アカデミックな英語に慣れるという点でも、ロンドンの生活に慣れるという点でも、メインコースの直前に来ていたら今みたいな余裕はなかったかも知れません。ただ、ELUPPの内容自体は先生によって当たり外れがあったと聞きますが・・・。私の先生はすごくいい先生でした!



●期待通り(?)のHousing Servicesと学生寮●
 ここ数ヶ月、予想していたよりはるかに「うるさい」「汚い」状況にかなり悩まされ、パーティ三昧のスコットランド人の若い女の子とバトルになりかけましたが(苦笑)、最近無事和解し、平穏な日々を取り戻しつつあります。ようやく掃除してくれるようになりました。それから、Housing Serviceは噂通りなんだな〜と実感しました。



一戦目:退去命令?
 ELUPP期間とアカデミックイヤー期間と、同じ寮のオファーが来たのですが、契約期間に1週間のブランクがあったので一度出ないといけないのか問い合わせたところ、「料金さえ払えばそのまま居てもいい」という返事を貰いました。
・・・のにも関わらず、ELUPP期間の終了時に「明日出て行って下さいね。」という通知が来ました。



二戦目:カード払い

 ELUPP期間の寮費はクレジットカードで払うという事で申込書を送っていたのにチャージされませんでした。その後「寮費が払われていません。○月○日までに払わないと法的手段に出ます。」という手紙が届いたのでHousing Servicesまで事実確認に行ったところ、彼らのもとにはしっかり私の書いたカード支払申込書原本がありました。しかし彼らは自分たちのミスは絶対に認めず、しれっと「滞納してる寮費、今払ってくれれば問題ないですよ。」と言われただけでした。



三戦目:口座引落し

 その後、銀行口座を開設したので、口座引き落としに切り替えました。二戦目のような事があると嫌なので、銀行で手続きした後、メールを送った上に、フォーマルな手紙も作成して、実際にHousing Serviceまで直接行って全部書類を提示して「オーケー、大丈夫よ。」と言われました。
 でも先々週また「寮費を払ってません。」という手紙が来ました。金曜日に届いて「火曜までに連絡をくれないと法的手段に出ます。」と書いてあったので月曜日にまたまたオフィスまで行ったら水曜まで改装のため閉まっていると言われました。現在連絡を取ろうとしていますが、返事なし・・・。ちなみに連絡を取ろうとして、一回で成功した事はありません。(メールでも電話でも)



ガチンコ勝負:騒ぐ英国女

 寮はフラット形式なのですが、フラットメイトの1人がBA(学部課程)の若い女の子で、毎日友達を呼んでは騒ぎまくります。最初の1ヶ月は毎日朝の5時までパーティで、うるさくて眠れないのでほぼ毎日睡眠時間1時間程度でした。キッチンは信じられない位汚いし、他のフラットメイトはみんなアジア人なので文句言わず・・・。同じような境遇のクラスメートが寮を出たいと言ってHousing Servicesに行ったところ何もしてもらえず、出るときの費用で更に金取られただけだった、とぼやいていたので自分で解決しようと心に決めました。それから2ヶ月、その女の子に文句言ったりして逆切れされる事もありましたが、やっとのことで友達は真夜中位に帰るようになり、彼女は掃除をするようになってくれました。ようやく仲良くなれそうです。





●噂に違わぬ英国銀行●
 私は某B銀行で口座を開設したのですが、どうやらB銀行には学生向けの口座が2種類あるらしいのです。1つの口座は手続きが簡単なのですが、身分証が2ついるようで、パスポートしか持っていない私は開設できませんでした。



バトル1:幻の口座

 そこでもう1つの口座を開設する事になったのですが、どうやら誰もその口座の詳細を把握していないようで、対応する人によって言ってる内容が変わり・・・。ようやく手続きが終わったかと思ったら、カードは届かずお金もおろせず、問い合わせ先の電話はホールドになったまま出ないので携帯代だけが消費されていき、支店に行けば1時間待ちでやっと話ができたと思ったら5分で「じゃあカード送りますね。」の一言。でもその後いくら待ってもカードが届かず・・・。



バトル2:担当者出しやがれ

 結局そんなこんなでカード発行までに2ヶ月かかりました。その間何度も電話したり支店に行ったりしました。ある日とうとうキレて、「どうしてこんな事に?!」と文句を言いに支店に行ったら、どうやらその口座について把握している人間が1人しかいなくて、彼に連絡が取れないと何もできないとの事・・・。なんか嘘っぽい。



バトル3:消えたUAL

 ちなみに銀行に行くと大学名の確認をされますが、UALは過去の名前(The London Institute)で登録されているケースが多いらしくUALと言うと「そんな大学知らない」と断られる事もあるようです。(何人かそれで口座開けなかった・・・と言ってる学生に出会いました。)私も断られかけたのですが、「最近大学が名前変えたらしいです!昔はThe London Instituteだったみたいです!」と押し通しました。





●他国の学生のトンデモ情報●
 寮にしても銀行開設にしても色々ありましたが、とにかく、ユニコン(セキララ)マニュアルには何度も助けられました!他の国から来た子達はけっこうデマ情報聞かされてたり、情報なしでこっちに来ていたりするんですよね。いろんな話を聞きますが、一番かわいそうだな〜と思ったのはIELTSスコアに関するデマ情報です。1人は「IELTSスコアが足りないから」といってコンディショナルオファー(条件付き合格)を貰い、一生懸命ELUPP頑張ってたのに途中で「あ、ゴメン、本当はスコアが足りてた」と知らされたケース。まぁこっちはまだいいですけど、もう1人は逆で、スコアが足りていると言われていたのに実際は足りなくて入学できなかった、というケース・・・。なのに、その子の現地のオフィスは今でも「スコアは足りている」と言い張っているそうです(!?)




 こんなふうに、他の国から来た子達は銀行やイギリスでの生活に関してほぼノーヒントできているような感じです。そういうのを見るにつけ、私はユニコンの皆様にサポートして頂いて本当に良かったと思っています。ありがとうございました!また何かあったらご連絡しますね。

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London College of Communication unicon 2008-12-05T15:53:12+09:00
ジミー・チュウ旋風、日本を席巻!! http://www.unicon-tokyo.com/report/archives/2008/11/post_5.html
Cordwainers(現London College of Fashion)の出身で、今世界で最も注目されているシュー・デザイナー、ジミー・チュウ ロンドン芸術大学名誉教授が日本を訪問、各地でジミー旋風を巻き起こしました。

今回の訪日はブリティッシュ・カウンシルの招聘によるもので、2008年10月18日、19日に行われた英国留学フェアではメイン・ゲストとして教授自身のデザインによる12ペアの靴の展示やプレゼンテーションが行われました。

 
英国留学フェアに先立ち、教授は『London Calling』にも出席しました。『London Calling』は、日英修好150周年の記念イベントとして開催されたロンドン芸大卒業生による展覧会で、10月16日~19日、新宿・文化学園クイント・ギャラリーで開催されました。教授は100名近い来賓を迎えたオープニングでテープカッターをつとめました。



続いて行われた記念スピーチでは文化学園の250人収容の大教室が満席になりました。この250席は公募で選ばれた一般の人々にオファーされたのですが、「友達の分も応募したい」「母と叔母の席も」果ては「ご近所の奥さんも」と追加席のリクエストが続出。当選者からは「本当にうれしいです」「憧れのジミー・チュウさんに会えるなんて」という熱い声が多数聞かれ、運営スタッフ自身が戸惑うほどの反響でした。


文化学園という場所柄デザイン学生たちも多く参加したこの日のスピーチでは、チュウ教授のマレーシアでの子ども時代の話から、留学生としての英国での苦労など、デザイナーとして今の名声を勝ち取るまでの興味深いエピソードを聞くことができました。

   

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「実家が靴の工房だったため、子どもの頃から父親の脇で靴作りをしていた」「旅行でたまたま訪れたロンドンで、Cordwainers(現London College of Fashionの靴・アクセサリー学科)に出会い、ここで靴作りの勉強をしたいと思い入学することにした」という原点から、「留学生時代は、他の学生が9時にスタジオ入りするところを、自分は毎日8時に入って靴作りをしていた。1983年に卒業するまで毎日続けた。誰よりも数を作ったし、誰よりも長い時間作業した」「最初の工房は1986年、東ロンドンの貧民街Hackneyにたった一人で構えた。最初に売れた靴は一足50ポンドだった」という、世界第一線の靴デザイナーというきらびやかなイメージとは正反対の苦労話まで盛りだくさんの内容に、思わず身を乗り出して聞き入る参加者の姿が多数見られました。

 

 
また、一般に言われるコンセプト重視の英国式アート&デザインのものの見方とは異なり、craftsman(職人)の立場からの「靴作りという非常に職人的な分野においては、芸術的なセンスよりもまずは技能修得が不可欠。私自身も寝る暇も惜しんで靴作りに専念した若かりし時代があればこそ今がある」という教授の言葉には説得力がありました。デザインのアイデアはどのようなところから生まれるのかという質問に対しては、「自分が生きている環境全てが新しいアイデアを呼び起こしている」との答え。普段見逃しがちなものに眼を向けることの大切さが強調されて印象的でした。また、女性はフェミニンでエレガントでなければならないという教授の女性観も披露され、参加者たちにとってはジミー・チュウ・デザインの秘密の一部を知るおおきなきっかけになったようです。

 

 
  最後に教授の述べた「私はラッキーだったのだ。私よりも技能や才能がある靴デザイナーは世界に大勢いるし、だからこれからも努力しなければならないと思う」という言葉は来場者に深い感銘を与えました。プレゼンテーション終了後には、真摯な来場者の姿勢に心を打たれたチュウ教授が自らサインしたポストカードを来場者の一人ひとりに贈るというハプニングが。驚喜した多くの人がジミー教授を取り囲み、予定時間を大幅にオーバーしてしまいました。


  続く10月18日東京、19日大阪でそれぞれ開催された留学フェアでのプレゼンテーションにも200名以上の観客が押しかけ、プレゼンの後の即席サイン会ではまたしても長蛇の列。
 

 
新品の靴にサインしてもらおうと近所の百貨店へ「Jimmy Choo」ブランドの靴を買いに走る参加者まで登場するなど、またしても大騒ぎとなりました。時間の都合上途中で打ち切らざるを得なくなり、サインをもらえなかった人には後ほど郵送することを約束してその場の収拾がつきました。
 
 

   


また10月19日夜には、神戸のNPO法人の招きで地元の教育関係者、企業家、学生など100名近くの人たちとの懇親会が開かれました。会場は神戸湾を巡る豪華クルーズ船上。ジャズ(生演奏)のサウンドをバックに展示された教授の靴。質疑応答やサイン会、そして写真セッションがそんな中で延々と続きました。神戸は従来から靴の工房が多く「履き倒れの街」として靴への関心が伝統的に高い土地柄といわれています。そのせいか、参加者の熱狂ぶりもひとしおでした。神戸ファッションに身を包んだ女性たち、がっちりスーツを着込んだ男性たちが押し合いへし合い教授のサインを求めてずらり行列、またもや時間オーバーかと主催者が気を揉む一幕もありました。


 

このようにして教授自身が台風の目となり、行く先々で黒山の人だかりを作りながら東西を横断した3日間のツアーでした。この間、東西4つの会場で750名以上を集めたチュウ教授、日本人の靴に対する意外なまでの関心の高さを垣間見たイベントでした。

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UALイベント・レポート unicon 2008-11-18T11:16:25+09:00
File.7宮川朋与さん http://www.unicon-tokyo.com/report/archives/2008/11/file7_1.html City大学卒業生 London Symphony Orchestraマーケティング部にて勤務中
宮川朋与さん

宮川朋与さん

 City University(シティ大学)卒業生の宮川朋与さんが、London Symphony Orchestra (LSO) のマーケティング・コーディネイターとして勤務しています。宮川さんは2003年にWestminster大学の一年間のコースに参加し、翌2004年シティ大学のMA in Arts Managementへ進みました。大学院の勉強のかたわらLSOでインターン活動を続け、シティ卒業と同時に社員として就職。現在就業4年目を終えようとしています。

 宮川さんは2002年、東京音楽大学のヴァイオリン科を卒業後、1年半楽器店で弦楽器の販売員をしていました。しかし、クラシック音楽の本場ヨーロッパで音楽マネジメントを勉強したいという夢が捨てきれず留学を決意、退職します。留学先の選択としては、「演奏家としての技術留学だと確かにドイツ、ウィーンなどが人気ですが、マネジメントになると、行く先はニューヨークかロンドンが主流です。ニューヨークという選択肢も考えたのですが、英国は大学院を1年で修了できることと、やはりクラシックの本場はヨーロッパだからということで」最終的にロンドンを選んだそうです。


 「留学したい」という希望自体はかなり早い段階から持っていたそうで、きっかけは「中学のときにバングラデシュへ行ったことだった」というめずらしいエピソードの持ち主です。「中学生の時の私は今よりもずっと貧しい国に住んでいる人の事を考えていて、先進国は途上国にどういう援助をすべきかというテーマでNGO主催の作文コンクールに応募したんです。それで入選して、バングラデシュへ2週間旅行に行く機会を得ました。そのときの体験がとても強烈でした。はじめの1週間は首都ダッカへ滞在したのですが、後半は奥地の田舎の村へ行ったんですね。そこで本当にショックを受けて・・・。とにかく、誰もがすごく貧しいんです。今まで、日本でぬくぬくと育って、恵まれた生活をしながら国際援助だ開発だ、って偉そうに言っていたのが、急に現実を突きつけられてガーンと頭を殴られたような感じでした。それで、もっと世界を見なければ、と思うようになったんです。」「でも、その一方で、バングラデシュの人たちはとても幸せそうなんですね。大人も子どももいつもニコニコしているし、言葉がわからない私に一所懸命話しかけてくるし、しきりに自分の食べ物をおすそ分けしようと勧めてくれるおじちゃんがいたりして。で、そのおじちゃんのくれたものを食べてお腹を壊しちゃったりするんですけどね(笑)。でも、そういう意味で彼らはすごく豊かなんです。日本に帰ってくると、ものは溢れているし生活は恵まれているのに、なんだかみんな疲れた顔をしてる・・・というのが印象的でした。とにかく、この狭い世界の中だけに居てはいけないのだ、とこの経験を通して強く意識するようになりました」という宮川さん。高校卒業時、ちらりと「米国の音楽大学へ進学しようかな」とも考えたそうですが、結局東京で音大に進むことになります。

 ところで、もとはヴァイオリン奏者を目指して大学に入学した宮川さんでしたが、裏方に転向したことについてこのように語っています。「在学中にコンサートの企画をしたり、オーケストラの事務所でインターンをしたりという経験を通して、演奏家を支える役割にとてもやりがいを感じたこと、また演奏家としての自分の才能の限界を感じ、三流の演奏家になるより一流の演奏家を支える一流の裏方になりたいと思うようになりました。」「私は都立の普通高校に通ったので、まわりに音楽、とくにヴァイオリンをやっている子はほとんどいなかったのですが、音大に入学すると当然周りは皆上手ですよね。練習にしても、一日7時間も8時間も弾いてもまだまだ足りない、ひたすら楽しい!という子がたくさんいる中で、私は”3時間やったから今日はもうおしまい・・・ “みたいな感じで。そうしているうちに、演奏家というよりは彼らを支える仕事のほうに目が向くようになったんです。」

 渡英時のコース選択については、「音楽マネジメントのコースと決めていたので、音楽系に強い大学を探しました。City大学とGoldsmiths College、Westminster大学が候補に挙がったのですが、まずはWestminsterで語学の勉強、マネジメントの基礎を勉強しました。音楽といってもここはRockやPopに強いのですが、語学の
コースが充実していたのとインターンも含まれるプログラムだったので“充実した一年間を送れそうだな”、と思って選びました。」

学生時代の寮でのパーティ


 Westminster大学在学中に、City大学へ出願するためユニコンを訪問。まずはIELTSのスコアを上げるようアドバイスされ、IELTS7.0を取得した後出願し、無事に合格しました。「City大学のMA Arts Managementは非常に評判がよく、モジュール内容も自分が学びたいことを網羅していたのと、キャンパスがロンドンのzone1内にあり、バービカンセンターを含む各コンサート・ホール、美術館等へのアクセスがよかったのとでここを第一希望にしました。」「英国ではただやみくもに自分で出願したりコンタクトしても無視されるということが非常に多いのです。なので、City大学も、そのまま自分で申込をしてたらきっと入学できなかったと思います。アドバイスを受けてしかるべき準備をし、ここぞというタイミングでユニコン経由で申込をして本当によかったです。」と謙遜しながら語ってくれた宮川さんですが、「目指した道を全うする」というガッツは人一倍だったようで、それがCity入学から卒業、就職までの流れに大きく働いたことは言うまでもありません。
LSO野外コンサートの様子

 実は宮川さん、Westminster在学中に始めたLSOでのインターンを、Cityでの大学院時代にも続けていました。このインターン自体も、渡英直後から「絶対にオーケストラで働きたい」と周囲にアピールし続けて得たポストでした。大学院は週に3日の授業とはいえ、残りの日も通常勉強に追われて終わるのがほとんど。ところが、宮川さんはこのうちの3日をインターンに充てていました。「きつかったですね・・・。とにかくずっと働くか勉強かのどちらかしかしていなかったですね。もう絶対にあんなことは無理だしやりたくないですね~!」とさわやかに笑っていましたが、インターンと両立しながら修士論文を仕上げるのは一言では言えない大変さだったようです。それでも、「Cityではクラスメートの国籍が様々で、世界中からいろいろな分野のアートが大好きな人が集まっていました。色々な文化背景が学べるとともに、“アートが好き“という共通項でつながれるのでとても楽しかった」そうです。また、「アート・マネジメントは実学なので、今考えると、インターンしながらというのは逆によかったのかもしれません。インターンで経験したことがそのまま修士論文のテーマにつながったので」とも。

 シティの卒業が近づいた頃、ちょうどインターン中のLSOマーケティング部門で急にポジションの空きが出て、社員の募集がかかりました。外部募集と同時に内部応募も可能だったため、宮川さんはこのポジションに応募、採用が決まり社員として就業することになりました。「私はEU圏外の人間なので、普通だったら採用してもらえなかったと思いますが、インターンをしていたおかげで職場の同僚と顔なじみだったこと、マネジャーが私のことを信頼していてくれたこと、日本の学生時代の裏方経験などが重なって採用が決まり、労働許可証を申請してもらえることになりました。チームには即戦力が必要だったし、やはり、こういうのは縁ですからね・・・ラッキーだったと思います。」と振り返る当時から早4年、忙しくも充実の日々を送っています。

「この仕事は、担当コンサートであれば夜も土日も出勤ですし、決して高給でもない、本当に音楽が好きでないとできない仕事です。でも、やはりクラシック音楽が大好きな仲間と協力して仕事のできる喜びは何物にも代えがたいものがあります。」と語る宮川さん。「一流の裏方に・・・と思って渡英してきましたけど、5年が経った今でも未だに一流の裏方とは程遠いんですよネ。でも、がんばります!」と今後への意気込みを見せてくれました。今後の活躍が楽しみな一人です。


宮川さんの勤めるLSOのホームページ
http://lso.co.uk/home/

<写真解説>
1.宮川朋与さん
2.学生時代の寮でのパーティ
3.LSO野外コンサートの様子

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この人にききました unicon 2008-11-10T11:31:31+09:00
File6. 小澤深雪さん http://www.unicon-tokyo.com/report/archives/2008/10/file6.html Johanna hoプレスのLCF卒業生

 

撮影風景

 London College of Fashion(LCF、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション)卒業生の小澤深雪さんが、ロンドン発のファッション・ブランドJohanna hoのプレスとして活躍中です。1998年に渡英、1999年にLondon College of FashionのFashion Promotion Mediaコースを卒業し帰国。以降ファッション業界でキャリアを積み、2004年から現職です。次回コレクション用ルック撮影のためにロンドン出張中の小澤さんをスタジオに訪ねました。

 「小さい頃から留学したかった」と早いうちから海外に目が向いていた小澤さんですが、ご両親の希望もあり日本で短大を卒業後、2年半成田空港でJALのグランド・ホステスとして勤務しました。「このときの先輩・同僚は誰もが“英語は当然、第2外国語がどれそれで・・・”という世界でした。そんな環境の中、わたしは自分の語学力にいまいち自信がもてないままだったんです。そこで、やはり英語をしっかりと身につけようと決意し、“もう、行く!”と、子どもの頃からの夢だった留学へ乗り出すことにしました。JALの先輩方が皆英国つながりだったので、留学先に英国を選んだのは自然な流れでした。」

 じつは小澤さん、渡英当初は「3ヶ月位の語学留学のつもりでオクスフォードの英会話学校へ入学した」そうです。しかし、すぐに「これでは短すぎる!」と思うようになり滞在延長を決意。「一度社会に出ているのだから今さら英語学校で1年はないな、と思い」大学、専門学校などの高等教育機関へ入学するため学校探しをはじめました。「英語の習得が目的だったので、分野は何でもよかった」そうですが、もともと写真とジャーナリズムに興味があった小澤さんは、写真、とくに報道写真の学べる学校をリサーチ。しかし、やっと見つけたコースは既に満員でした。そこで、ファッションという分野ではありながらも写真がコースの重要な部分を占めるFashion Promotion Mediaに辿り着きました。「PRには全く興味なかったんですよ。でも、ファッションは好きだったし、このコースなら写真ができるのでまあいいかな、と。・・・とはいっても、ファッションの世界はディズニーランドみたいなものというか、好きだからこそ楽しいまま夢の中に置いておきたくて、実際その業界に入っていきたくはなかったんですけどね」という彼女が現在はファッション界でプレスをしているのですから、人生はわからないものです。

Johanna ho 08/09 秋冬のファッション・ショー

 「コースは死ぬほど大変でしたよ。それはもう(笑)・・・10科目くらいあって、毎週なにかの課題のassignment(提出)があるんです。毎日、平均して3~4時間しか寝ていなかったですね。よく遊んでもいたし。学びも遊びも激しくやってました」という彼女。一番心に残る課題は?と聞くと、「全部ですけどねぇ!でも、やはりFinal Projectかな。全科目のなかから3つを選んで好きなことをやる、というものだったのですが、私は写真、Journalism、PRを選び、ヨウジ・ヤマモトのコレクションのプレス・パックを作りました。全部手作りで、それはそれは大変でしたけど、すごくいい出来でした。今でも自分で大切に持ってます」と教えてくれました。

 そうして卒業を迎えた小澤さんは「コース中はとにかく忙しかったので、卒業後の就職についてじっくり考える暇もなく、そのまま」日本へ帰国。学部進学で残ることも考えたけれど、「とにかく英国は寒かった」のと、「一度社会人になっているから、あまり長々学生に戻っていても仕方がない。早く社会復帰しなくてはという気持ちがあった」のとで帰国することにしたそうです。帰国後の職業については、編集者か、PRか、はたまた全くファッションとは関係のない英語を使った仕事か・・・と少し悩んだものの、「せっかくファッションを学んだのだから、この分野でやってみよう。編集者というのは誌上でイメージを作り上げていく仕事なので、現実から遠い。デザイナーの近くにいたほうが“リアル”に近く、もともと報道に興味のあった自分には向いているのでは」という結論に達しました。そこで、最も好きなファッション・ブランドであったComme des GarconsのPRに「募集はしてなかったですけど、勝手に」応募履歴書を送りました。すると「今PRには空きがないが、まずは販売としてやってみてポジションが空くのを待たないか」と誘われ、3年販売を経験しました。

撮影風景

 そんな3年目、このまま販売をやっててもいつ空きがでるかも分からないしなぁ・・・と思っていたところ、たまたま知ったPR志望者のためのセミナーに参加したことが次の転機になります。そのセミナーの主催者の女性から、「このまま待っていてもいつ空くかわからないでしょう。あなたはプレスにとても向いていると思うし、このままではもったいないので、私が直接指導するからウチに来なさい」と彼女のプレス・オフィスで就業することを勧められます。そこで2年勤めることになるのですが、そのときにJohanna hoの担当をしたことが今の仕事につくきっかけでした。退職後まもなく、デザイナーのJohannaさんから直々に「新しいところと契約するから、あなたにぜひ私のプレスとして来て欲しい」という連絡が入ったのです。前職を退職したばかりでしばらく休もうと思っていた小澤さんは何度も断ったそうですが、結局デザイナーの熱意に負けてすぐに現場
復帰、以来Johanna hoのプレス担当をして4年目になります。「カタログや雑誌、広告イメージの撮影のときにデザイナーに任せておくと、アーティスティックになりすぎて自己満足の作品となってしまい、本当の意味での広告として使えない。そこで、撮影現場に来てそれをコントロールするのも私の役割なのです」ということで、定期的に海外出張もこなさなくてはならない多忙な小澤さんですが、Johannaさんとの関係はすこぶる良好なようです。じつは小澤さん、この11月に結婚が決まっているそうですが、ウェディングドレスはJohannaさんがデザインしてくれるとのこと。先日は香港に仮縫いに行ってきたそうで、仕事が国際的だとドレスの仮縫いも国際的?!式の様子をぜひ見てみたいものですね。

撮影風景

 ロンドン留学について振り返ると、「やはり、英語を習得したことは大きかったですね。すごい武器になりました。英語のスキルなくして今の仕事は成立しないのですが、ファッション業界の様々な職種の方(ヘア・メイク・フォトグラファー・デザイナー含め)も、英語ができた方が仕事の幅がとても広くなりますよね。ロンドンが人生の大きな転機になったか?!というと、ウーン・・・よくわからないですけど、(ロンドンに)来ていなければ今の仕事は絶対にしていなかったし、重要な出来事だったとは思います。以来なんだか不思議な縁でここまで来ていますしね・・・」とのこと。

 「今後、家庭や子どもを持つことを考えると、このまま続けていくのも難しいかもしれないので、また別の職業や働き方もあるかな、と思っています。ま、やりたいとさえ思えば何でもアリだと思っているので、あまり難しくは考えていません。こういったフレキシブルな考え方はロンドンに来てタフになったからこそ身についたのかもしれませんね」と今後の展望を語ってくれた小澤さん。さらなる活躍が楽しみです。

 
 
小澤さんとスタッフ(たまにJohannaも)による、プレス裏話や店頭情報などのブログを公開しています。
ロンドンでの撮影風景やレポートもありますので、是非チェックしてみてください!
OFFICIAL HP http://www.johannaho.jp

 

<写真解説(上から)>
1.今回お邪魔したスタジオでの撮影風景(左奥が小澤さん)
2.Johanna ho 08/09 秋冬のファッション・ショー in Tokyo Fashion Week
3.撮影風景2
4.撮影風景3

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この人にききました unicon 2008-10-22T12:54:53+09:00
<![CDATA[セントマ1年目、終わりました!<br>-ロバータさんのUALレポート-]]> http://www.unicon-tokyo.com/report/archives/2008/09/1ual.html ロバータさん
 
 
 
 
 
ユニコン・ホームページの別コーナー「この人に聞きました」に登場してくれたロバータさんが、チェルシー・ファンデを経て、セント・マーチンズ学部1年目を終えた今の心境をレポートしてくれました。

 (歌手&女優として活躍中!ロバータさんの「この人に聞きました」記事はこちら

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 セントマ1年までを終えての体験談、正直、どこから書き始めたらいいか分かりませんでした。

 でも、確実にロンドンでの2年間は色んな意味で成長できたと、胸を張って言えます。
それはもちろんアーティストとしてと同時に、人間的にも大きく成長できたと思います。
人はそれぞれ違う道、分野、出来事を通して成長していくと私は信じてます。私にとってそれはロンドンでの大学生活だと実感できました。それはもちろんチェルーとセントマで学生生活が送れたということも大きく反映してると思います。

London

 私には昔、夢という夢がありませんでした。それがいつしか俳優になるという莫大な夢が出来ました。
そればかりに目が向かって、俳優になるにはL.A.に行って演劇の勉強をするという事しか頭にありませんでした。
夢があって、夢に向かって自分の考える道を突き進めばいいとばかり思っていたので、高校3年生の時、大学を決めるとなった時期に私は、大学に行きたくない、行く理由がないと思ってました。だって、やりたい事分かってるもんって。。。
今思えばすごく甘い考えだなと思います。

 

 チェルシーでの1年間、セントマでの1年間はとても刺激的でした。これからもさらに刺激的な毎日を送るのだと思うと本当に心底、大変ですが、ロンドンに、チェルシーに、セントマに行って良かったと思います!

作品

 チェルシーとセントマ、両方共通する事は、技術より感性を大事にすること。
感性を一番自分に合った方法で磨ける事、自分でその感性の磨き方を探せる事。
感性を磨く事に専念していると、技術もいつのまにかついて来てるような気がします。
 「えっ、なんでこんなに絵が下手な人が美大にいるの?」とか「なんで、その作品がいいの」と疑問に思う時もありました。でもプレゼンで作品のプロセスの話を聞いたりすると、「こんな考え方、見方もあるんだ」とすっごく刺激になります。今は1年生で技術はないかもしれないけど、「卒業するころには感性と技術、両方を身につけられるんだ」という自信をロンドン芸大というところは与えてくれるような気がします。


 今でも俳優という夢はあります、でも俳優という肩書きだけじゃなくて、「ロバータ」という人間を色んなミディアム(演技、美術、デザインなど)を通して世の中に表現していきたいという夢ができました。チェルシーとセントマでの2年間を通して、自分の夢がもっと鮮明になって深みもでました。卒業まで後2年、さらに大きく成長できる様頑張っていきますので応援宜しくお願いします!

 
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Chelsea College of Art & Design unicon 2008-09-12T15:55:04+09:00
File5. ロバータさん http://www.unicon-tokyo.com/report/archives/2008/09/file5.html CSMグラフィック・デザイン学部在籍中の学生が歌手&女優デビュー

ロバータさん

 Central Saint Martins(CSM、セントラル・セント・マーチンズ)在学生のアイアトン・イザベラ・ロバータさんが、日本で歌手&女優デビューしました。「ロバータ」の名前で活動中です。

 「まだまだ駆け出しですが、(歌手、女優、デザイナーと)3足のわらじで頑張っています!」とさわやかに話してくれたロバータさんは、笑顔の印象的なかわいらしい女の子です。

作品1
 「去年チェルシーに行った、あのロバータちゃんが雑誌に出てますっ!」
 ユニコン関係者随一の芸能情報通からこんな連絡があったのは、英国大学の最終学期も終わりに近づく頃。
 えぇっ、もうデザイナーとして脚光を浴びてるの?!ロバータさんといえばまだセント・マーチンズのグラフィック・デザイン学部1年生のはず・・・驚くユニコンに対してさらに「いやいや、デザイナーとしてじゃなく、女優さんの卵として出てるんですよ」と重ねる情報通。なるほど、やはりその方面に・・・と、遡ること3年前、ロバータさんとの最初の出会いを感慨深く思い出しました。

作品2

 3年前のある日、東京事務所に一本の英語での電話が入りました。電話の主はロバータさんのお父さん。ロンドン芸大にActing(演技)のファウンデーション・コースはないか、という問合せでした。当時ロンドン芸大では、セント・マーチンズが吸収合併した演劇学校ドラマ・センターでファウンデーションの実施を計画はしていたものの、あくまでまだ計画段階。早くて翌年からの開始予定でした。そこで、幅広く感性を磨くためにアート&デザインのファウンデーションをやるのはどうかと提案したのです。

作品3
 すると、日本のインターナショナル・スクールでアートを取っていたロバータさんはデザインにも興味があるということが判明。「それでは、まずはこちらでやってみよう」と、ロンドン芸大チェルシー・カレッジのファウンデーション・コースを受験する運びとなったのでした。デザインがいいな、でもひょっとしたらファイン・アートもやりたくなるかも、という初々しい高校生だった彼女ですが、無事にチェルシー・ファンデへの進学が決定。翌年はセント・マーチンズのグラフィック・デザイン学部へ進み、そして今回の歌手&女優デビューとなりました。

CSM Photo Studio
 ところで、ロバータさんは名前やルックスこそインターナショナルですが、生まれも育ちも日本、第一言語は日本語というバックグラウンドの持ち主。もちろん、純粋な日本人家庭に育った学生たちよりはずっと国際的な環境に育っていますが、やはり日本と英国の文化の違いや美術教育の違いに驚くことも多かったようです。ロバータさんのブログ(後ほど紹介)を読んでいると、毎日の新鮮な驚きがよく伝わります。例の情報通が持ってきてくれた、ファッション・ブランド「マドモワゼル・ノンノン」の広告インタビューのなかで、彼女はこう語っています。

 「いま、グラフィックというとコンピュータを連想しますけど、私が通う大学では、手で描くこと、手で創ることの重要性を教えられています」

教室で作業するロバータさん
 まさしく、ユニコンがよく口にするフレーズ「とにかく手、アナログ手作業」を証明してくれるかのようなコメントです。分かってはいるものの、やはりこういう現場の声を聞くと「やっぱり、そうなのだなぁ」と改めて納得させられます。「クリエイティブ」というのはどういうことなのか、ロバータさんも日々肌で感じているのですね。このような美術教育を受けることでパフォーマーとしての感性が磨かれ、また歌手や女優という仕事を通してデザインの勉強にも新たな視点が生まれる、という良い循環が生まれることを期待して、ロバータさんの今後の活躍を応援したいと思います。皆さんもぜひ、テレビや雑誌、ラジオなどをチェックしてください。

 
 
 
 
ロバータさんオフィシャル・ブログ http://ameblo.jp/ysabella/

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この人にききました unicon 2008-09-12T15:40:56+09:00
<![CDATA[<center>極貧とIELTSとプロジェクトの3重苦・・・でも留学してよかった♥<br>-H.Yさんのチェルシー・カレッジ生活回想録-<br>専攻学科:Graduate Diploma in Interior Design</center>]]> http://www.unicon-tokyo.com/report/archives/2008/08/ielts3hygraduat_1.html  このホームページの別コーナー 「この人に聞きました」に登場されたH.Yさんから、チェルシー・カレッジ留学時代の体験談をいただきました。極貧とIELTSと課題の3重苦の中から見えてきたものは・・・?!
 (H.Yさんの近況はこちらで)

 
 
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 バスには乗らずひたすら歩き3食自炊し、ランドリーは高いから洗濯は手洗い・・・美容院には行けないから自分で切ってしまえ!
と、これ以上生活費を削りようがない状況の留学時代でした。当然、ことごとく友人の誘いを断るため、social life は欠き、ストレスと惨めさは増す一方。

 それでもこんな生活を続けることができたのは、自分が決めたことを最後まで成し遂げようという強い気持ちがあったからに他なりません。課題への執着、納得のいくものを作ろうという徹底的なこだわり、すべてが自分への挑戦でした。

 また、すばらしいチューターや刺激し励ましあえる仲間との出会いが私を支えてくれていました。
担当のチューターは私を理解し、私が内にかかえる壁を早いうちに見抜き、徹底したコンセプチュアルワークによってそれを超えさせようと指導してくれました。
デザインすることの苦しみとすばらしさを教えられました。

 IELTSに苦しみ、ぎりぎりで得たオファーで不安のどん底からスタートしたコースは、結果、distinctionで卒業することができ、課題の一つは今後の学生の為に・・・とカレッジに永久保管されることになりました。こうした結果を得た自分を心から誇りに思うし、これからの自分の人生の揺るがない土台の一部になったと思います。

 今回の留学を経験し、”思い続けていることは、ちゃんと叶えられるんだな”と実感しました。”気持ち”は勇気に繋がって、それは”思い”を形にしてくれる。そんな人生をこれからも歩んでいきたいって思います。

 ・・・とここまで書いて、IELTSがどれだけ大変だったかについて語るのを忘れていました。

 初めてテストを受けたときは、何が分からないとかではなく、とにかくすべてが分かりませんでした。IELTSは自信喪失との戦いだったと思います。でもそれを克服するには、とにかく勉強するしか方法はなかったです。

 と、私の留学生活のダイジェスト版を伝えるつもりで、思い出すまま、感じるままに書いてみました。
なんせ密度の濃い1年間だったのでいろんなことが浮かんできて、長くなってしまいました。またしても”よくやったなー”って心の呟きが聞こえてきましたよ、はは。

 本当に、Graduate Diploma時代の一年は、「大変!」でした。でも、自分にとって本当にかけがえのないものだったと誇りに思います。

 
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Chelsea College of Art & Design unicon 2008-08-29T12:31:36+09:00
File4. H.Yさん http://www.unicon-tokyo.com/report/archives/2008/08/file4_hy.html Chelsea卒業生が欧州系の国際アパレル企業日本立ち上げメンバーに

写真1

 Chelsea College of Art and Design(チェルシー・カレッジ)卒業生のH.Yさんが、欧州系アパレル大手の日本事業立ち上げのマネジメント・メンバーに採用され、ヴィジュアル・マーチャンダイザーとして就業しています。

 本人の希望により、彼女の本名や社名をまだ公表できないのが残念ですが、日本への上陸が待ち望まれていた大手国際アパレル企業で、今後の発展が楽しみです。

 Hさんは2006年、ChelseaのGraduate Diploma in Interior Designに入学し、翌2007年夏に帰国しました。東京の大学で英米文学科を卒業した後、主にアパレル・繊維業界で就業経験を積んだHさん。そのなかでヴィジュアル・マーチャンダイザー(以下VM)という仕事に出会ったのが彼女の転機になりました。「前職でVMを経験したとき、これが天職だと感じ、VMとしての自分をもっともっと高めたいと思いました。そのために自分に足りないものを少しでも補うための努力をしたいと思い、考えた末に留学・退職を決めました。それからユニコンとの出会い、念願だったアート&デザインの勉強と語学力を高めるための留学をし、現在に至っています。」と振り返るHさんがロンドンへ渡ってきたのは31歳のときでした。

写真2

 「あの留学は本当にかけがえの無いものだったと誇りに思います。IELTS、極貧、課題etc…よくやったなーって思いますよ!」という一年間を終えて帰国した後、就職先を探そうと動き出したときに、日本事業立ち上げのマネジメントスタッフを探していた現在の就業先との出会いがありました。当時はまだ日本国内にオフィスもない段階で、面接する場所すらおぼつかないという状態だったそうです。そんな「初期の初期」段階からVMとして立ち上げに参加することになったHさん。入社と同時にヨーロッパをはじめ世界中を研修で飛び回っていましたが、今月やっと日本へ戻り、日本1号店のオープン準備に突入します。

 「今でも、人に感想を聞かれると一言で”大変だった“と答えますね(笑)。決して笑って”楽しかったよ~“なんて言えませんからね~」というHさんですが、そんな諸々の試練を乗り越え、「かけがえのない留学生活だった」と言い切れる今、こんなコメントを寄せてくれました。

 「今回の留学を経験し、“思い続けていることは、ちゃんと叶えられるんだな”と実感しました。“気持ち”は勇気につながって、それは“思い”を形にしてくれる。そんな人生をこれからも歩んでいきたいって思います。」

 ところで、Hさんの「大変だった、笑えない」でも「かけがえのなかった」留学生活とはどんなものだったのでしょう?Hさんが留学時代の様子を語る体験談、興味のある方はこちらを訪れてください。

 
 
 

<写真解説>
1.課題をすすめるにあたり、実験とそのスケッチを何度も行う。これはそのmodel sketchの一部。
2.最終のプレゼンテーション・ブックの一部。

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この人にききました unicon 2008-08-29T12:16:52+09:00
File3. 早野実希子さん http://www.unicon-tokyo.com/report/archives/2008/08/file3.html 常に新しい“美と健康”を追求し続けるLCF卒業生

早野実希子さん

 London College of Fashion(LCF、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション)卒業生の早野実希子さんは、現在、名古屋と東京・六本木で内外美容を提唱するサロン「ABSOLU HERBEEN」を展開しています。「Absolu Herbeen」とは、フランス語で絶対という意味の「Absolu(アブソリュ)」とHerb(ハーブ)を体内に取り込むという意味の造語「Herbeen(ハービン)」を元に生まれた名前だそうです。表面的な「美容」だけでなく、ホリスティック(総合医療)の考え方を取り入れた早野さんのオリジナルトリートメントは、著名人を含む世界中の多くの顧客から支持されています。

 じつは早野さんには、LCF留学当時の2000年、ユニコンのホームページにコース奮闘記を寄稿してもらっています。早野さんの通っていたコースはBTEC HND Beauty Therapy and Health(現FdA Beauty Therapy and Health Studies)。
当時の寄稿文からも、常に高い目標を持って全力で突き進むという早野さんの真摯な姿勢が伝ってきます(早野さんの留学生時代の寄稿文はここから)。

Herb
 
 
 「ロンドン留学が私の人生で最大の転機でした」と振り返る早野さん。薬科大学を卒業後、薬剤師として特に漢方への造詣を深めた後、さらなるキャリアアップと自身の人生のテーマである「美と健康の追求」のための渡英でした。

 

ABSOLU HERBEEN NAGOYA

 ところで、この早野さんも、前回ここで紹介した上田美和さんと同じ29歳で留学をスタートしています。帰国後すぐに地元で自分自身のビジネスを立ち上げ現在に至る、という経緯も同様です。分野は全く違うものの、ほぼ同時期に同じ年齢で留学してきた女性二人、こうしてそれぞれ活躍しているのを見ると頼もしい限りです。留学時の年齢について、当時の早野さんも上田さんと同じく「29歳では遅いという人もいましたが、私にとっては最良の時期だったと思います」と語っています。

 「タイミング」というのは人それぞれ違います。高校卒業後すぐに海外へ出ることがベストという人もいれば、上田さんや早野さんのように、大学卒業~まとまった期間の就業という経験を経ての留学がベストという人もいます。留学年齢に模範解答はなく、「自分が今だと感じたときがそのとき」なのだということを、彼女たちの人生から教えられる気がします。

ABSOLU HERBEEN ROPPONGI


 東京・六本木店は完全プライベート制のため予約者のみに所在地が伝えられます。六本木ヒルズから徒歩3~4分の好ロケーションです。名古屋店は地下鉄東山線藤が丘駅を出てすぐ。詳しくは早野さんのホームページを訪れてください。彼女が登場しているメディア紹介もあるので要チェックです。あなたの部屋にある雑誌にも、早野さんが登場しているかもしれませんよ。


 
Absolu Herbeenホームページ http://absoluherbeen.com

<ABSOLU HERBEEN NAGOYA(名古屋)>
 〒456-0048
 名古屋市名東区藤見が丘13
 Tel: 052-775-1966

<ABSOLU HERBEEN ROPPONGI(東京・六本木)>
 完全プライベート制のため住所非公開
 (予約時に案内)
 Tel: 03-6638-6979

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この人にききました unicon 2008-08-15T10:56:41+09:00
File2. 池田中也さん http://www.unicon-tokyo.com/report/archives/2008/08/file2.html CSM卒業生がRoyal Academy Summer Exhibitionに出展中

RAでの展示風景

 Central Saint Martins(CSM、セントラル・セント・マーチンズ)卒業生の池田中也さんの作品が、英国Royal Academy of Arts(RA)で開催中のSummer Exhibition 2008にて展示されています。RAのSummer Exhibitionはロンドン美術界の夏の風物詩で、世界最大規模の現代美術の展覧会です。なんと、1769年から中断することなく開催されていて、今年で240回目を迎えます。有名・駆け出し問わず幅広い作家の作品が集められ、今年も1200以上の作品が展示されています。

 池田さんは2004年、ロンドン北部の高級住宅地Highgateへ降り立ち、St Gilesカレッジで英語の勉強をスタート。その後、CSMのGraphic Portfolioコースを経て翌2005年に同カレッジのMA Communication Design(Graphic Design)に入学しました。2年間という英国では珍しい長丁場の大学院コースでしたが、2007年に卒業し、現在に至ります。留学のきっかけからここまでの道のりを池田さんにインタビューしました。

 池田さんは日本で広告代理店のアートディレクターとして働いていましたが、職を辞して留学しようと思った動機は何ですか?

 約5年間働いて、ある程度、仕事の仕方が分かってきたんですね。また、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、日本社会の閉塞感はデザインの分野にもあまり良い影響を与えていません。さらに日本のデザイン界、アート界含め「海外」「世界」というものに憧れつづけているわけで、これは自分も同じだったんです。そこで、実際に肌でそれらを感じてみたいというのが一番の理由でした。また、自分のなかのデザインの“引き出し”を増やす意味でもありました。

Graphic Portfolioコース時代の作品


 語学学校の後、まずCSMのGraphic Portfolioコースに進みましたね。
 はい。初めて西洋の「クリエイティブ」の考え方を垣間みることができて、とてもおもしろいコースでしたね。ビギナーから経験者までさまざまなレベルの生徒が受講することができますが、2週間で一つの作品を作らなくてはならず、とてもハードなコースでした。でも、その分ためになったと思います。

 私は日本の美大も卒業していますが、基本的にイギリスでも、コンセプトの組み立て方などは日本のそれと変わらないと思います。しかし、コンセプトの“切り口”が違うというか、物事を違う方向から眺めてみるというか・・・。それでいて、表現手法はプリミティブだったり。全然ハイテクでなく、手作業を多用するのです。それはセントマーチンのスタイルとでも言えるのかもしれませんが、さすが、発明の国イギリスといった印象でした。故に、デザインにもかかわらず、難解な作品も多いですね。この独特のスタイルを理解するまでは少し苦労しました。

 次の大学院コース、MA Communication Design (Graphic Design)はどうだったのでしょう?
 MAでは、BA(学部)と違って自分で課題を決めなければなりません。さらにそれに対して大量のリサーチを一週間毎のチュートリアルの際に持って行かないといけませんでした。時には、辞書の厚さになるようなリサーチを求められる事もあります。それを西洋人はすんなりやって来る事が驚きでしたね。この年のクラスメイトは多くて、100人弱、国籍では38カ国と言っていました。そういった中で、彼らの作品や、モノを作る事に対する姿勢には敬意を感じずにはいられませんでしたね。クラスメイトの顔ぶれは、もちろんMAということもあり、既にデザイナーやフォトグラファーの経験をしてきている生徒が多かったです。年齢は20代後半の生徒が多かったですが、なかには40歳ぐらいの生徒もいました。わたしたちの作品は以下から見る事ができます。
http://www.net-arte.com/macd2007/index.asp

英語についてはどうでしたか?池田さんは「社会人経験者=英語に久しく触れていない」ということで苦労したのでは?

 とても(笑)。語学学校時代に基本的な事は習ったとはいえ、美術学校となると、それ独特の言葉や表現がありますから大変です。そういったアート英語は、Graphic Portfolioコースで次第に学ぶことができたと思います。が、それでも作品のコンセプトを説明する際はさらに、広く一般的な言葉まで憶えないといけないし、さらに複雑なコンセプトとなると、もう大変で(笑)。日本で大学に入ってしまうとほとんど英語の勉強などしない上、私の場合はさらに社会人歴が5年あるので、渡英してからの英語学習にはかなり苦戦しました。なので、いま留学を考えている方は、受験勉強をしたときのように地道に英語に向きあったほうがいいと思います。

speakers corner

 プレゼンが大変なあまりマッシュルームヘアのかつらを被って緊張を紛らわしたとか(笑)?
 ええ(笑)・・・って、それは冗談ですが。マッシュルームヘア+スーツ+白手袋の格好でハイドパークの“スピーカーズ・コーナー”でパフォーマンスをしたのです。それもGraphic Portfolioコースの課題の一環で、プレゼンテーションの練習の一つでした。結構笑ってもらえたので一安心しましたが(笑)。

MAの卒業作品

 MAコースでの池田さんの作品について教えてください。

 作品の大きなテーマは「ギャップ」です。私がイギリスに来て初めて感じたのはそれでした。文化間のギャップであったり、世代、ジェンダーのギャップであったり。もしそのギャップを埋める事が可能ならば、我々のコミュニケーションはさらにスムーズなものになるのではないか、というのが起点です。結局それは不可能、という結論にMAで書いた論文で行き着いたのですが・・・。かといって、それは悲観的な結論ではなく、お互いが近づくためのコミュニケーションの媒介としてデザインやアートが存在すべきだし、それによってあらゆる隔たりを超える可能性があると結論づけました。私の通ったセントマーチンのMAコースでは論文を書いたあとに作品を作るのですが、この方法は頭の整理に大変役立ちました。作品では、最終的にその「ギャップ」そのものを表現しました。このシリーズは卒業した今も制作を続けています。ちなみにその後、MAの卒業作品をUALのコレクション(ボンドストリートのUAL本部4Fに常設展示)に入れていただきました。

作品

 MAコースを終え、今年は展覧会の機会がぐっと増えていますね。
 はい。RAのSummer Exhibitionを皮切りに、Jerwood Drawing Prizeにもノミネートされました。とくにアートビジネスに於いての話ですが、日本の美大と違って、こちらの大学は社会と“近い”と思います。美大以外の大学もそうなのかもしれませんが、特にアートの分野になるとより近いと感じるのです。このようなexhibition(展覧会)で購入者を見つけられることはもちろん、大学の卒展でさえ作品の売買は“普通”なんですね。世界的な経済の視点からみても、ロンドンにはアート購入者やギャラリーが多いし、それより以前に、西洋の人々は個人レベルでアートを購入して行くことが驚きでした。実際卒展でも、展示をみた学生から私の作品を買いたいというオファーをいただきました。こうして一般の人々が西洋のアート界を支えているのを目の当たりにして、「いい環境だな」ととてもうらやましく思えました。そういう意味で特にアートを志す人であれば、ロンドン留学を強くお勧めしますね。

 
 
 


<池田さんの展覧会情報>
●Royal Academy of Arts Summer Exhibition (開催中~2008年8月17日)
  http://www.royalacademy.org.uk/exhibitions/summer-exhibition/
●Jerwood Drawing Prize 2008(現在、賞は審査段階 2008年9月17日~10月26日)
  http://www.jerwoodspace.co.uk/
●Patrick Heide Contemporary Art(2008年10月予定)
  http://www.patrickheide.com/home_en.php
●London Art Fair(2009年1月)
  http://www.londonartfair.co.uk/page.cfm

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この人にききました unicon 2008-08-04T15:21:29+09:00
File1. 上田美和さん http://www.unicon-tokyo.com/report/archives/2008/07/file1.html LCC卒のジュエリーショップオーナーが留学体験談を出版(ゆにこんも登場します♥)

上田さん(Miwaris Jewellery店内にて)

 London College of Communication (LCC、ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーション)卒業生の上田美和さんが留学体験記「29歳!運命のイギリス留学」(今井出版)を出版しました。

 上田さんは2001年、ブライトンでの語学留学を経てロンドンへ上京。LCP(London College of Printing、現LCC)で当時開講されていたAccess to Display Designに入学(現ABC Diploma Display Designの前身)。その後ビジネス系の勉強のかたわらロンドンでアルバイトも経験し、計3年半の留学生活ののち帰国。地元・島根県は松江に戻りジュエリー・ショップ「Miwaris Jewellery」をオープンしました。

上田さんの著書


 2008年6月末には夢だったジュエリー・カフェもオープンさせ、地場起業家として活躍しています。カフェ・オープンの当日は友人のアーティストがライブイベントを開催するなど、大勢の来客で盛り上がったそうです。「これから少しずつ地元での認知度を広め、皆様にゆったりとくつろいでいただけるスペース作りを実現していけたら」と語る上田さんは、今世間で注目を浴びる「東京以外で活動し、地域に根ざした文化を創る若手人材」の好例です。

 外国語大学の英語科卒業後、商社・インテリア関係企業でのOL生活をしながら「将来ヨーロッパからの輸入家具や、インテリア雑貨を扱うショップをオープンしたい」という夢を持っていた上田さんがイギリスに留学したのは29歳のときでした。上田さんは自著序文でこう振り返っています。
「留学当初、私は29歳!30歳を目前にしての留学には色々な思いがありました。夢を諦めたくない、30歳はイギリスで迎えたい、行くなら今しかない!様々な思いを抱えていましたが、これだけはいえることは当時の私には、その時、そのタイミングで渡英することが何より自然なことに思えたのです。」

miwaris cafe

 そんな上田さんが3年半を英国で過ごした後、どういう風の吹き回しか地元の松江にジュエリー・ショップをオープンすることに・・・。「え、なんで?!インテリア雑貨はどうなったの?そしてどうして松江なの??」・・・続きはぜひ、本を読んでみてください。


Jewellery

以下は上田さんからのメッセージです。

 「イギリス留学の経験から生まれたジュエリー・ショップ。たくさんの偶然の出会いが形になり、夢の実現につながりました。イギリスでお世話になった全ての人に感謝しながら毎日新作ジュエリーをお作りしています。カフェスペースを備えたミワリスジェエリー。ジュエリーを選びながらお茶とスイーツも楽しんでいただける癒しの空間です。お近くにお越しの際は是非お立ち寄りくださいませ。」


店内の様子

<上田さんのお店>
Miwaris Jewellery
ショップHP http://miwarisj.com/
〒690-0843島根県松江市末次本町30
tel&fax 0852-27-5829
e-mail   miwaris@nifty.com


<上田さんの留学時代のブログ>
29歳!運命のイギリス留学 http://ameblo.jp/milkrose

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この人にききました unicon 2008-07-22T15:02:05+09:00
<![CDATA[ユニ子特派員の<br><strong><u>ファウンデーション学生を追え!</u></strong><br>BA席ゲットまでの5ヶ月のはなし]]> http://www.unicon-tokyo.com/report/archives/2008/03/ba5_1.html 2007年度ロンドン芸術大学のファウンデーション入学者の進学先(学部)がぼちぼち決まりつつあるこの時期(毎年2~3月)、ユニコンにもぞくぞくと喜び(たまに落胆)の声が寄せられてきています。
そんな中、現役学生の一人からメールが届きました。臨場感に満ちた大変分かりやすい内容にユニコン感激。「これを現場からのナマ声として、ぜひHPで紹介したい」と本人にお伺いをたてたところ快い承諾をもらいました。みなさんが感じている「ファウンデーション・コースって、実際はどんな感じで進むのかな」「BAのオファーっていつごろどうやって決まるのかな」という疑問に対する答えとなることを祈ってこの現場レポートをお送りします。情報提供者は2007年9月にウィンブルドン・カレッジのファンデーションに入学した下里翔子さん(19)です。

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エピソード1 : 2008年3月6日(木)のメール

To: Unicon London
Sent: Thursday, 06 March, 2008 7:57 PM
Subject: お久しぶりです

 いつもお世話になっています。下里です。
 近況等報告しようかと思いメールしました。ウィンブルドンは相変わらず平和です。今学期の初めに選択学科をVisual Communicationから無理やりFine Artに変更しましたが、特に問題もなく過ごしています(強いて言えばエッセイが大変でしたが)。
 進学先は学費の安そうな田舎の大学にしようと思っていたのでUALのコンパクトは利用せず、the Arts Institute at Bournemouthなどに出願して既にオファーをもらっています。が、最近、Assessmentでチューターに「もっと上を目指してみない?」と言われ迷っています。この調子だと結局ルートBでUALに申し込んでしまいそうな事態になりかねないのですが、大丈夫かなーと正直なところ、不安です。
 とにかくウィンブルドンは落ち着いているし皆優しいので、気の弱い日本人留学生にはお勧めしたいです。ここにして良かったな、と思います。キャンバーウェル等に行っている友人の話を聞いてみてもここのファウンデーションの質がかなり高い事が分かります。面白いプロジェクトばかりですし、こちらから頼まなくても講師達が代わる代わるやってきてお節介な程相談にのってくれます。エッセイも然りで、何を書けば良いのかすら分からなくてぼーっとしてると、向こうからやって来て相談に乗ってくれるので1から文章を組み立てる事が出来ます。
 安心して流れに乗っていれば全ての行程が終わっている、そんな学校です。サバイバルな状況でしごかれつつ生き抜きたいタイプの人は駄目かもしれません。こき下ろされる事もなく、褒められてばかりなので腑抜けにはなりやすいです。
 そろそろ卒業制作にとりかからなければならないので、気を引き締めて頑張りたいと思います。最終的な進路が決まりましたら、また事務所にお邪魔させて頂こうかなと思います。
 それではまた。失礼します。

<用語集>
エッセイ
学校の授業で書くレポートのこと。
The Art Institute at Bournemouth
ボーンマス(英国南部の町)にある美術大学。
ルートB
UCAS(英国の大学入試管理センター)の定めた申込システムのこと。ルートAとルートBの2種類あり、ルートAはアートも含む全学科、ルートBはアート&デザイン学科専用のルートである。
***UCASについて興味のある人はさらに読みすすんでください。
ルートAでは5校まで、ルートBでは3校まで申込みができる。AとBのコンビネーションで申し込むことも可能(2つあわせて最大で5校まで)。 ルートAの締切は1月中旬、ルートBの締切は3月末。 ルートAでは、UCASから全ての申込大学へいっせいに申込書が送られるが、ルートBでは第一希望から順に送られてゆき、希望の大学への入学が決まった時点で終了する。


エピソード2: コンパクト・スキーム

 ところで「コンパクト」というのは何なのでしょうか?
コンパクトは「コンパクト・スキーム(Compact Scheme)」の略語で、UALカレッジのファウンデーションおよびFEコースに所属する学生に対する内部優先面接という特典のことです。
ユニコンの「UALの謎」にもチラリと出てくるエピソードですが、要は自分達で育て上げた内部学生をそのままUAL内のBA(学部課程)に取り込むための仕組みなのですね。

 2007年度のコンパクト状況はどうだったのか、引き続き下里さんに具体的な流れを語ってもらいましょう。


(以下、翔子さん提供の情報)
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 コンパクト・スキームのガイダンスが始まったのは今年の1月中旬でした。外国人学生だけを集めた集会が開かれて全員にガイドラインが配られました。この頃既にルートAのインタビューを控えている生徒がいたので、パーソナルチューターによるポートフォリオのチェックも始まっていました。
コンパクトを使う生徒は配られたガイドラインに含まれていた書類(パーソナルステートメントを含む)を完成させ、2月8日までに提出するよう求められました。コンパクトを使わない生徒であっても、書類に「使いません」と書いて提出しなくてはいけませんでした。

 (私自身は書類提出をすっかり忘れていたのですが、一週間ぐらいしてインターナショナル・オフィススーザンが取りに来ました。という事は、ちょっと遅れ気味だがこれからでも申し込める?かもしれない、ということでしょうか)

 コンパクトで併願申込できるコース総数は5つだと思います。ルートAとルートBを合わせた申し込み可能数も5つだし、皆3つ4つ申し込んだといっていましたから。
自分が在学しているカレッジにそのまま進学したい場合は、2月後半に面接があります。
それ以外のカレッジの面接については3月前半からローテーションが組まれています。
(これらの面接の前に一度アセスメントがあるので、ポートフォリオは再びチェックしてもらえます。アセスメントより前でも頼めば見てくれます。少なくとも私が在籍するウィンブルドン・カレッジでは。)

 コンパクトのオファーの賞味期限は3月14日なので、ルートBで他校に申し込みたい人はこのオファーを断らなくてはいけません。
コースによってコンパクトを実施しない所もあるようです。

 これでお役に立つかどうかは謎ですが…私が知っている範囲ではこんな感じです。
ところでルートAのごたごたの最中でIELTSのスコアをコピー含め紛失しました。必死で探しています。本当に胃が痛いです。
更に質問がありましたらまた連絡を頂ければ何とかお答えします。

<用語集>
パーソナルチューター
担任のこと。
インターナショナル・オフィス
ここではウィンブルドン・カレッジの中にある留学生担当部門のこと。コンパクトの手順説明、面接のセット、授業料支払いの指示、入学書類の発行などのこまごましたケアはこの部門が行う。
スーザン
ウィンブルドン・カレッジの留学生担当部門にいるヤングな担当者。
オファー
ここでは、進学先学部課程からの合格内定のこと。


コンパクト・スキームについてだいぶスッキリしたところで、ファウンデーションでやるプロジェクト(課題)について、引き続き翔子さんのレポートをご紹介します。

エピソード3: プロジェクト

2007年3月7日(金)
Sent: Friday, 07 March, 2008 8:31 PM
Subject: Re: お久しぶりです

こんにちは。
私のレポートがお役に立てて嬉しいです。こんなので良ければ…。
勿論、ホームページに掲載して頂いて構いません。名前はそのままでも大丈夫です。
お任せします。

 確かに思えばこの1年は怒濤の勢いでした。
(ユニコンがなければどうなっていた事やら…)
結局fine artをやる事になるなんて予想外だったような、ああやっぱりと感じるような。
fine artにしようと決めたのも講師との話し合いの結果です。
嬉しそうにようこそ負け組へと言われました。
ターム毎に個人講師とのAssessmentがあるのでその時は今までの作品を見せつつじっくり話し合いが出来るのも有り難い所です。
生徒も優しいですし、クラス全員お互いの顔は一応覚えてるみたいです。
どんなに寡黙人見知りな雰囲気を出していようと、面白いものさえ作っていれば話しかけて来てくれます。人見知りしない人なら割合簡単に友達作れるんじゃないでしょうか。
私は対人恐怖症一歩手前なので話しかけられる度にゲェッと思っています。

 面白い授業の一例ですが、前々回はナショナル・ギャラリーで一つ作品を選び、それを自分の解釈で改編(Transcribe)して新しい作品をつくる、というのがありました。
二週間のプロジェクトでしたが同じ作品を選んだ生徒でも解釈に違いがあったり、有名な絵画が新しい媒体で生まれ変わったりと面白い作品が沢山。最終日にはナショナル・ギャラリーから職員の方が見え、生徒と話したり写真を撮っていきました。
大体いつもfine artの最終日は本気で展示するのでまるで卒展です。
数ヶ月後の本物の卒展は更に面白く、見応えのあるものになると思います。
それに向けてより面白いものが作れるように頑張っていきます。



<用語集>
ようこそ負け組へ
Fine art を選ぶとどうして「負け組」なのか?それはズバリ、Fine Artは芸術として崇高な分だけカネになりにくい分野だからである。デザイナーであれば企業に勤めるなどして食いぶちを稼ぐこともできるが、芸術家はそうはいかない。いったん当たれば大当たりだが、ほとんどの人は貧乏暮らしを余儀なくされる。とはいえ、やはりアート&デザインの真髄はFine Artにあり、UALの教育哲学もここに深く根ざしている。
そういうわけで、Fine Artistたちは誇りを持って(?)自分たちのことを「負け組」と呼ぶのである。
Assessment
作品の評価・成績づけのこと。とはいっても、一方的に教師が○点、と言い渡すのではなく、なぜこのような作品を作ったのか、いい点はどこか、問題点があったとすればどこだったのか、さらにこの作品を発展させていくとすればどうすべきか、などの話し合いをする場でもある。


ナショナル・ギャラリーというのは、大英博物館と並んで英国有数の財産(美術品)を擁する、国内随一の美術館です。ここにある作品を自分の解釈で作り変えてしまえ、というのが課題とは?!日本人の感覚からすると、かなり恐れ多いですね。
しかも、それを勝手にやるだけならばまだしも、かの美術館の職員がわざわざ学校に出向き、18,19歳の若い学生の(恐れ知らずの)作品を見て彼らと対等に話をして帰るとは。なんとも英国の美術教育の懐の深さを思い知らされるエピソードで、さすがのユニ子もちょっとたまげました。
こういったことは学校側にいろんな意味での力がなくてはできないことで、改めてUALの底力を感じました。普段あまりにも近くで付き合いすぎているために見えなくなっているけれど、ヤッパシUALってすごかったのね。実務面が異常なまでに雑とか、スタッフがすぐ消えるとか、みんなで寄ってたかっていろいろ悪口いってごめん、UALよ。キミはやっぱりすごかった・・・(でも私たちの愚痴も当たってるんだけど)。

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Wimbledon College of Art unicon 2008-03-28T18:21:18+09:00
ハマ子さんの大学リサーチ・イン・ロンドン http://www.unicon-tokyo.com/report/archives/2008/03/post_8.html *********************************************************

ハマ子さんは横浜出身の28歳。大学では(女性としては)稀有な数学科出身(位相幾何学という何語で聞いても想像がつかない分野)。卒業後は大手通信関係の会社のプロダクト・マネージメント部に就職。別にリストラ対象になったわけではないのに退職してまで留学を思い立ったハマ子さんはMAコースの選択を絞るために6週間の渡英を決めました。(留学は残りの人生60年の命運を握るイベントどす。日本であれこれ想像しようがネットを検索しようが、そんなもん、ラチがあきまへん。どこの世界に自分にとって都合の悪い情報をわざわざネットに載せるバカモノがおりますかいな。冬場はチケットも安いことだし、生きた英会話に触れがてらちょっとだけロンドンに来たらいかがざます?というユニコンのロンドン・スタッフの口車に乗ってしまった、というところです)
以下はハマ子さんの手記による現地ロンドンでのレポートです。

*********************************************************

ハマ子のちょっとだけロンドン(渡英:2008年1月)

私、ハマ子は(どうせ退職していて暇なんだから短期間ロンドンに来てみれば?というユニコンの囁きに魅せられて)以下の目的のために1月18日から6週間の渡英をしました。
  ①現地ロンドンの語学学校に通いつつIELTS 6.5の取得に挑戦する
  ②CSM(セント・マーチンズ)のパートタイム・コースを受講する
  ③大学の見学
  ④コースの申込み
  ⑤美術館めぐり


………………そんな活動を通して………………

■□■ 見つけた!ロンドンの良いところ ■□■
私の過去のヨーロッパ経験はオランダやイタリアといったところでしたが、今回のロンドン滞在で見つけたグッドなポイントは、この街が自分の未来の志向に合っていそうなネットワークを作りやすい環境であると思えたことです。大学院のオープンキャンパスや展覧会、イベントに出かけまくったのですが、どこもその道の経験者との触れあいチャンスがいっぱい。会場はオープンな空気で満たされ、有名なギャラリーで働いている人や、イベントの仕事をしている人とすぐに知り合いになることができました。

英国の大学院のプロジェクト・ワークでは自分でネットワークを作って進めていくスタイルもあると聞いています。私はまだその端に足を掛けてもいない駆け出しですがこのようなネットワークづくりが将来不可欠になるだろうと確信しました。


■□■ ロンドンの苦しいところ ■□■
● 食べ物(ホームスティの食事が不味かった)
● 空気(行った時期が時期なので空気が乾燥して冷たい)
● 物価(高い)
でも、大学院生活を始めるときは空気の良いところを探そうとか自炊対策を講じようとかの目途を立てることができたし、何に特にコストがかかるのかもチェックできたので、どうにかなるかと思っています。


■□■リサーチ中の、おいしい経験 ■□■
日本で調べているときから気になっていたコースがセントマーチンズに2つありました。そのことをユニコン・ロンドン事務所で話したところ、「ああ、そのコースなら現役学生がこの付近をうろついているはずだから」と、そのうちの1つのコースに通っている学生(Mr てるてる)を紹介して頂きました。MrてるてるはセントマのMA Narrative Environmentの最終学年最後のプロジェクトの提出を前に非常に忙しい時期だったはずですが、私のお願いに嫌な顔ひとつ見せずお付き合いしてくれました。彼がコースで実際にやっている内容をお聞きすることができただけでなく、なんと、その日のうちにコース・ディレクターにまで引き合わせてもらえました。

また、もう一つのコース(MA Innovation Management)のオープンディにも運良く参加できたのですが、懇談タイムにコース・ディレクターに「実はもう願書を出しているのですが、再来週には日本へ帰らなくてはいけないの」と漏らしたところ、「じゃあ」とその場でインタビュー日程を決めてくれました(えーっ、そんなに軽くていいの?)。

天気や食べ物の不満はさておき、何より良かったのは実際にそのコースのコーディネーターや現役学生に会えたことによって、納得できるコース選びの答えを出せたことですね。


■□■ 英語の凹エピソードと凸エピソード ■□■
●始めに:へこんだこと
ビジネス系が強いと言われている大学院(City University)のオープンキャンパスに参加した時のことです。特設ラウンジでワインを飲みながらコースのチューターや現役学生と語らう時間があるのですが。ワインのおかげでちょっとリラックスしてチューターに話しかけたところ、「あなたの英語、あまり良くないわね~」とバッサリ。オープンキャンパスって、ある意味、大学の営業イベントなのだから(下手なガイジン英語でも)優しく受け入れてもらえると思っていたので鼻をポキッと折られた思いでした(油断大敵)。

●終わり良ければ…
凸エピソードは、セントマのパートタイム・コース〔Introduction to Curating〕の後半授業で。
展覧会のパブリッシングについて書いたライティング・ワークを発表した時のこと。自分では5、6週間前と大して変わらない英語だと思っていたのですが、いつになく帰路を共にしたクラスメイトが「あなたの英語、前より良くなってるわ。自信を持ちなさい」と。嬉しかった。

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Central Saint Martins College of Art and Design unicon 2008-03-28T14:21:01+09:00
Textile Design Workshop ユニ子のひと冬の経験 -その5- http://www.unicon-tokyo.com/report/archives/2008/03/5.html とうとう最終回を迎えました、ユニ子のいろスペ・ひと冬の経験@セントマ。
最終回の今日はTextile Design Workshopをご紹介します。

テキスタイル系のコースも人気のある分野ですね。

ユニ子が見学したのは最終日だったのでさすがにデザインや製作の部分はほぼ終わっていて、学生はプリントしたものを乾かしたり染めたものに洗いをかけたり、完成したテキスタイルでバッグを作ったりさらに刺繍をしたりという仕上げの段階。キモになる部分は前日までに終わっている様子だったので、スタジオ見学自体は染め・洗い用の部屋、スクリーンプリント用の機械、編み用の機械、乾燥用の棚などを物色し、学生たちがめいめいに作業している様子を覗くくらいのさらっとしたものでした。それでも、特殊な機械や道具のオンパレードを見ていると、こういうコースはジュエリー製作と同じで「この場に来ないとできない」特殊なものだなぁと改めて感じました。

さすがにファッション系はアジア学生に人気があるため、今回のテキスタイル・コースにもアジア人が3~4人くらいいて、今回見たコースのなかで最もインターナショナルなクラス構成でした。

さて、一通り教室を見たあと、「じゃ、今日のハイライトの部屋に行こうか・・・これはすごいぞ、ぶつぶつ」とつぶやきながら案内人が歩を進めるので、「ん??」と思いながらユニ子がついていくと、何の変哲もないチューター(教師)の部屋の前に到着。オーイ、と言いながら部屋に入るスタッフについていくと、そこには超ハイテンション・立派な体格・独特の風貌のオバチャンが・・・って、先生なのだが。しかも、彼女は私の顔を見ると「まぁっ!!元気にしてた?!」とまるで昔なじみのような態度。「えーっと・・・?」とたじたじのユニ子に、たたみかけるように「あらっ?!私たち以前会ったことなかったかしらぁ~ん?!あなた、チェルシーでテキスタイルの学生じゃなかったぁ?!?」と言い募る相手。いや・・・・・

何を隠そう、これがある意味今回の見学のハイライト、キョーレツな「伝説的教師」マーガレット・キャンベルとのご対面でした。とにかくパワフルででかい彼女、アイルランド訛りのよくわからない英語でがんがんマシンガントーク、なんだかんだと結局一時間近く拘束(?)されてしまったユニ子と案内人・・・疲。

とはいえこのマーガレット、おおらかで面倒見のいい性格があふれ出ている人で、参加学生の名前やバックグラウンドを逐一把握していて驚き。彼女のコースに海外から何度もリピートして来る学生がたくさんいたり、過去の学生の結婚式によく呼ばれたりというエピソードにも頷けます。

ジュエリーの教師もそうだったけれど、とにかくセントマの教師陣は個性豊か。こういったヒトたちは日本の「先生」にはなかなかいないだろうねー・・・としみじみ感じます。そして、来ている学生も人種、性別、年齢、立場などが本当にバラエティ豊か。とくにクリスマスやサマーなどの休暇中のコースは英国人、他ヨーロッパ、北米、中南米、アジア、オーストラリア、アフリカと色とりどり。男子、女子、その中間、19歳、28歳、35歳、年齢不詳、浪人生、現役アート学部生、経済学部生、デザイナー、弁護士、先生、主婦、主夫・・・言い出すときりがありません。普段の生活ではお互い絶対に出会わないようなこういう人たちと机を並べて「アートする」という経験はセントマでもなければそうそうできることではないでしょう。

ショート・コースはまさに本コースのショーケースで、短い時間・期間とはいえ、そこにはばっちり「セントマのセントマたるゆえん」がぎゅっと濃縮されて詰まっています。これから学部へ進む君が進路選択の助けに使うもよし、実社会で経験を積んだあなたがちょっとしたご褒美と感性の刺激剤として使うもよし、だれてきた英語学校生活のリフレッシュに使うもよし、常々興味はあったけど機会がなくてできなかったコトを新しい趣味としてここからスタートさせるもよし。どんなニーズにも幅広く対応できる、ケッコウすごくない?というコースがセントマのショート。わたちもまた数年ぶりに始めよっかな。それでは皆さん、半年後、ばったり教室でお会いするかもしれません?!

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Central Saint Martins College of Art and Design unicon 2008-03-03T10:21:40+09:00