Voice from London-ロンドンから(チョッとだけ)言いたい放題- http://www.unicon-tokyo.com/voicefromlondon/ ja 2008-12-01T10:19:36+09:00 MBA主導経済の顛末 http://www.unicon-tokyo.com/voicefromlondon/archives/2008/12/post_25.html  世界経済が揺れ動いている。アメリカのサブプライム・ローン問題に端を発したこの未曾有の金融不安は世界中に多大な影響を与え、それが世界同時恐慌をも引き起こそうとしている。

 
 こんな時期にあるサイトでMBA留学フェアという告知を目にした。今回の金融恐慌の発端となったリーマンブラザースやメリルリンチなどの企業にはつい最近までMBA保持者たちが列を成して入社し、大都市中心にある最新の豪華ビルにある事務所で1日中コンピューターの端末の前に座り、モニター内で巨額のお金(この世界ではマネーというらしい)を動かし、億単位の収入を得る社員となることを目指してきた。

 よく考えて見れば、今回の経済危機の元凶はアメリカを中心にこれら金融会社をリードしてきたMBA保持者たちが作ったビジネスモデルによって引き起こされたと言っても過言ではなく、彼らは言い換えれば経済テロリストと言えなくもない。そのような犯罪者たちを生み出し、今回の金融危機以前と内容が変わったとは思えないMBAへの留学を推奨することに私は合点がいかない。

 
 MBAはもともとアメリカで生まれた大学院学位で、実務をベースとする高度な職能に対する評価を学位という形で確立したものだ。その根底にあるのは基本的に数字至上主義で、金融をはじめとして全ての産業において経済指標を数値化し、そのポートフォリオをベースにした戦略を主にコンピューターの中でシュミレーションする。この手法が農業や鉱工業に代表される実体経済と大きく異なり、コンピューターの中で無機質に繰り広げられるグラフの動きや数字の変化がビジネスであると多くの人たちに錯覚させてきてしまったのではないか。同時にコンピューターの発展が期せずしてMBA隆盛の後押しをしてきたように思うのだ。このような経済を「キイボード・エコノミー」と呼ぶ人がいるが確かに言いえて妙だと思う。

 
 今この時代だからこそ学ぶべきは人間の根底に問いかける学科であるべきだと思う。
時流に迎合した一過性のビジネス手法を学ぶことよりも、急激なグローバル化やテクノロジー化が進む中、今こそ人間個人個人がどう生きていくのかといった命題に正面から対峙する必要があると感じる。社会や文化、宗教や哲学などの『人間学』とでもいうような学問こそが、不透明で混迷する世界にあっても自分を見失うことなく生きていく自信と力を与えてくれると思うからだ。

 多くの経済アナリストや評論家たち(その多くがMBA保持者だが)が、あれやこれやの統計指標を基にして世界経済の動きを予測してきたが率直に言って当たった試しがない。っていうか当たっていればこのような事態にはならなかった筈だ。押しなべて彼らに共通するのはビジネスや社会を数字上あるいはコンピューター上で分析できるという傲慢な姿勢だ。真の構成因子は『人間』という予測不可能な非常に有機的な存在であるという大前提に気付いていないかのようだ。

 そんな人たちに今もっとも必要なことは、青臭いと言われるかもしれないが「人間はなぜ働くのか」「生きがいってなんだ」「人はどうして争うのか」「お金ってどうして必要なのか」といったようなことを正面から論じ、それを追求していくことだと思うのだ。その延長線上にビジネスや政治そして社会システムがあることを決して忘れてはならないと思う。世界を動かしているのは株でもなければ、マネーでもなく人間なのだから・・・。

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愛国心って何だろう http://www.unicon-tokyo.com/voicefromlondon/archives/2007/08/post_24.html このごろ日本からのニュースでよく耳にするのが愛国心に関する話だ。国を愛する心つまり愛国心を子供たちに持たせる教育が必要か否かの議論だけれども、正直政治家の仕事のネタを提供しているだけのような気がする。

自分の生まれ育った国に愛着がない奴はいないと思うけど、自分の回りを見回してみても、毎日のニュースや事件を見てもそんなセンチメンタルな気持ちなどぶっ飛んでしまうことばかりが目に付くのが今の日本だ。

このところっていうか過去においてもず~とニュース紙面を賑わすことと言えば相も変わらず賄賂だの談合だの公機関のからまった汚職問題だ。いまだに日本には多くの越後屋さんだの備前屋だのがいて、お代官さまに金やモノを渡して仕事を優先的に回してもらったり、はたまた補助金を増やしてもらったり時代劇によくあるベタなシーンが現実に生きている。ただ現実には黄門さまだの桃太郎侍などはゼッタイに存在しないことだけがドラマと大きく違う点かもしれない。

また国民には実感の乏しい景気回復を一番謳歌している企業の中に散々バブルを膨らませ巨額の不良債権を生み出し、挙句に国民に全ての負債を丸投げドンした多くの銀行や金融機関がいる。日本では銀行って言えば公機関みたいな印象があるけど要するに利益目的の純粋な私企業なわけで、何故あれほど堂々と偉そうに国民のお金をピンはねすることができるのだろう。そんな人たちが日本では尊敬され、それなりの地位にいて国の運営を担っているわけだ。一般の人々がそんな国をどうして愛することができるのだろう。

日本人留学生の立場で言えば、おそらく殆どが日本と言う国にお世話になっているなどとは感じていない。留学生の多くが日本大使館や領事館の場所さえ知らない。留学生などは日本政府からみれば取るに足らないどうでもいい存在なのか奨学金はもとより集える場所もなければ有益な情報を提供するといった公的サービスは殆どない。他方日本に留学する多くの学生(その殆どが中国人学生だが)には、奨学金はもとより留学生用の宿舎だの情報センターだの我々日本人の税金で多大なサービスを提供していることに比べれば雲泥の差だ。こんな国をどうして日本人留学生が愛することができるだろうか。

愛国心って持てと言われて持てるわけはなく、自然に生まれてくるものだと思う。人間たとえば一宿一飯お世話になれば、恩にも着るしそれに報いようともする。そんな実感のない多くの留学生たちに国を愛せよといっても無理だし、まずは目に見える形でさまざまなサービスや情報を提供し、彼らの就学をサポートするべきだと思うのだ。パスポートの更新のときぐらいしか存在意味もなく、おまけに多大の費用を要求するのでは農民から年貢米を搾取するピンはね代官となんら変わらない。

多くの日本人がサッカーや野球などのスポーツに熱くなるのはなぜだろう。それはスポーツだけが本当の意味でズルや不公平のない世界と映るからかも知れない。つまり正直に一生懸命自分がやれば、越後屋さんや備前屋みたいに裏から手を回さなくとも、黄門さまや桃太郎侍の助けを借りずとも、正当に評価されるという実際の日本社会では決して起こりえない真実がスポーツだけにはあるからだと皆が感じているからかもしれない。

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unicon 2007-08-22T10:00:02+09:00
音楽の都ウイーン? 芸術の都パリ?? http://www.unicon-tokyo.com/voicefromlondon/archives/2007/07/post_23.html 今は昔、音楽といえばウイーンだし芸術といえばパリという街を連想した時代があった。ところが時代は移り、近年のグローバル化と情報化は国内外を問わずそれぞれの地域の文化や特色を消しさろうとしている。つまりアレをやりたいのならどこそこといったことが言えない時代になったのだ。

グローバル化の顕著な姿のひとつに、世界の共通語が英語となってしまったことがあげられる。世界中どこへいっても英語というコミュニケーション・ツールでもって仕事ができたり、交流できたりするわけで、これほど便利なツールはない。しかし政治やビジネスは言うに及ばず科学や文学そして音楽,アート,デザインなどに至るまで「英語化」=グローバル化は進めば進むほど、英語を母国語とする国々がさまざまな分野においてゼッタイ的に優位に立つのは当然だ。まさしく「言語を制するものは文化を制する」とばかりに英語圏諸国の影響力や発言力は増している。一方非英語圏諸国では英語スキルがあるとナシでは大きなハンディを背負うことにもなりかねず、英語力の強化に腐心している。

近年、英国の多くの大学ではドイツ語学科が急激に消滅している。またフランス語やイタリア語など他のヨーロッパ言語のコースも同様に縮小している。そのような傾向はグローバル化の副産物と言えるもので、世界中が英語という一つのコミュニケーション・ツールで結ばれるのであればわざわざ違った言語を苦労して勉強する必要がないと考えるのは当然かも知れない。例えば日本の国内に目を移しても同じようなことが言える。テレビや通信の発達による情報の共有化はそこで使う言語(ここでは標準語)を通じて行われているわけで、その結果、方言は消滅し地方は東京化して行く。世界に目を移すとそれと同じようなことが起こっているのだ。

英語の共通語化により、情報やビジネスが英語圏ないしは英語が通じる国々に集中するのは当たり前だし、文化の集中化も始まっている。当然さまざまな能力を持つ世界中の人々がそこに集まり、彼らが活躍し成功する機会も大きくなる。その結果、音楽や芸術の都が最早(もはや)ウイーンやパリではなく、ロンドンやニューヨークになってしまったように思う。多くのアーティストが世界に目を向けたとき、自然に当たり前にロンドンやニューヨークを目指すのは仕方ないことかもしれない。

先日、日本のある学校関係者と話をしたとき、「やっぱし芸術の勉強はパリですよね~」と化石のような発言をするので、「それは福岡から札幌に留学するようなものですよ」というと不愉快な顔をされた。「だって、このごろは東京で食べる九州ラーメンのほうがバライエティは豊富だし福岡のよりおいしかったりしますよね~。パリに行くということは福岡の屋台ラーメンだけを食べに行くということですよ。」と続けるとよほどムカついたのか顔を赤くしていた。

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unicon 2007-07-27T16:29:57+09:00
っていうかダメかもしんない? http://www.unicon-tokyo.com/voicefromlondon/archives/2007/05/post_22.html 日本ってもうダメかもしんない。
何だか最初からショッキングな言い回しで申し訳ないけどこの頃やけにそう感じることが多くなった。

街を歩いても電車に乗ってもやけに老人が目立つ。別に老人に偏見がある訳ではないけれど(っていうか自分も老人の一員だけど)非常に近い将来日本の人口の1/3は老人になるのは厳然たる事実なのだ。
一方では明らかに急激な少子化が進んでいる。早晩その老人たちが、日本社会の中で最大のマーケットとなるのだから若者たちの仕事の機会はそのような老人たちを対象としたものにならざるを得ない。具体的には老人施設での養護や介護、退職金や年金をあてにした金融業そしてシルバー世代を対象にしたサービス業などが一番雇用を生み出すと考えられる。ファッションなども老人のための着易さを強調したユニバーサル・デザインが主流になるだろうし、インテリアであれば必ずバリア・フリーを考慮したものでなければならなくなる。

日本の個人金融資産は1400兆円だそうだ。でもこのところの円安で対ポンドにおいてもここ数年で25%以上も目減りしている。つまり1000兆円になった訳だ。当然老人社会の到来によりその金融資産は消費される。退職後の老人たちは生み出すよりも消費するお金のほうが多いに決まっているからだ。結局この膨大な金融資産はガンガン減り、日本人全体がビンボウになるのは必然と言える。

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前にも書いたことがあるけど、日本人の英語力の低下は歯止めがかからない。アジア23カ国のTOEFLスコアの比較でも何と22位で、23位の北朝鮮とせりあっていたりする。ユニコンが把握している10年前の学生200名のIELTSスコア平均は5.5なのに対し今は4.5だ。この10年間に社会の国際化は進み、それに即応するように日本に来るネイティブ英語教師の数は急激に増大してもいるし、英語学校だって増え続けているにも拘らず、明らかに1ポイントも落ちているのだ。

何だか論旨がバラバラだけど、つまりは老人ばかりの国となる日本は英語も出来ないビンボウ人の集まりとなりつつあるこということを言いたかったのだ。それ以上に驚くのはそのような環境の中にいる日本人がノー天気なことだ。多くの若者は自分たちが年金を受け取れるとは思っていない。彼らが退職するころには今ある膨大な金融資産は底をつき、頼みの親たちも殆ど死んでいるだろうし、それこそ年金でもなきゃホームレスになるしかないじゃん!!そんなけっこうシリアスな自分たちの近未来を笑いながら語っている現状を見るとゾッとする。真剣に考えると怖いので考えないようにする多くの若者は刹那的で享楽的になっているように見えるし、確かに夢を持てって言われてもこんな将来じゃ無理かも知れない。少子高齢化により数十年後には確実にゴーストタウンになるであろう東京の高層マンション群をみると、それが墓場にさえ見えてくる。

一方中国やインドなど多くの人口を背景に急激な経済発展を遂げている国々があり、逆に人口は少なくとも英国のように世界中から人や富を集めているところもある。そんな国々を歩くとちょうど30年前の日本がそうであったように人々の前向きなエネルギーや活力を感じる。世界を見回せばそんなところがたくさんあるのにその輪に入れない日本ってマジダメかもしんない。留学すれば夢と希望と将来性に満ち満ちた場所に行ける。

そして今ならまだ間に合う。

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unicon 2007-05-01T14:39:12+09:00
ヨーロッパは遠い? http://www.unicon-tokyo.com/voicefromlondon/archives/2007/02/post_21.html 先日見ていた日本のトレンディ・ドラマで、自分の夢のためにフランスに旅立つことになったある女子高生の彼氏が、二人の愛が真実ならパリに行くべきだという親友たちの後押しを受けてパリに出発するという感動的な場面をやっていた。

そういえば成田空港を舞台としたこの手の涙と感動的な別れのシーンって日本のドラマや映画ではけっこうお馴染みだ。でも何か違和感を覚えた。このドラマではその高校生もその友人も超大金持ちで学校の授業も殆ど受けず毎日遊び人生活を送っているという設定だった。そんな彼らにとって飛行機で片道11時間程度のパリに行くことがまるで今生の別れのように大げさな別れを意味することなのだろうかという疑問が沸いた。
全員ヒマな金持ち連中なんだから行きたきゃ1泊2日でもなんでもミンナで一緒にパリに行けばいいのだ。それだとドラマにならないので感動的な別れを演出したとは思うけど時代錯誤のような気がした。そしてこの国際化社会にあってもなお一般の日本人にとって外国に行くってまだまだ大変なことなんだということが不思議に思えたのだった。
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そういえば日本のテレビ番組で相も変わらず人気を保っているのはスチュワーデスもののドラマだ。
たいていは某航空会社の国際線スチュワーデスがさまざまな国々で起こる事件を人々との触れ合いや風景などを織り交ぜながら解決するという実に他愛もない内容なのだが、多分にスチュワーデスという職業への庶民が持つ憧れが人気のベースになっているように思う。でもスチュワーデスって確かに英語力を駆使し海外をまたに駆け、有名デザイナー作によるユニフォームを着て颯爽と歩く姿はかっこよくはあるが良く考えれば空飛ぶウエイトレスさんという肉体労働者なのだそんなスッチーをヒロインにしたこのようなドラマがけっこう受けたりするのはやはり憧れの外国を仕事場にする彼女たちが文字通り雲上人だというイメージが、いまだに日本の一般庶民にあるからなのかもしれない。また通信や交通が発達し、まるで国内にいるのとたいして変わりも無い現実のロンドンやニューヨークなどの生活の現実は日本ではあまり話題にならない。
ロンドンで生活する多くの日本人であれば、憧れや妄想で取り上げられる日本のメディアを通した外国生活が前時代的なものであることはすぐに分かる。では何故その現実が日本で広く知られないのだろう。つまりカッコ悪いのだ。ロンドンの真ん中で日本の書籍を立ち読みし、その帰りにカツカレーやラーメンをかっ食らい、夜はカラオケで演歌を熱唱する姿がカッコ悪いのだ。そしてそんなロンドン生活を送った人たちが日本に帰ると「やっぱイギリスって階級社会で保守的よね~。」などとステレオタイプのコメントを発し、何も知らない田舎モノの日本人は「やっぱりねえ~」と頷くのだ。そして「英語はもうペラペラよね~??」と想定内のことを聞かれると「ウン。生活には困らなくなった程度かな~」と日本に到着する前から用意していたどうにでも理解される曖昧な返事をするのだ。

今日も日本のテレビドラマでは、滑走路を颯爽と飛び立つ飛行機の場面や、ペラペラの英語でカッコ良く「新聞いかがっスか~?コーヒーいかがっスか~?毛布いかがっスか~?」と叫んで回る機内でのスッチーの姿とかをバックに、劇的な別れのシーンが繰り広げられている。

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unicon 2007-02-08T12:02:15+09:00
ゴーマンかましてよかですか?? http://www.unicon-tokyo.com/voicefromlondon/archives/2007/01/post_20.html ユニコンは総勢5人のスタッフしかいない超小所帯の留学機関だ。

厳密に言えばロンドンに2人そして東京事務所に2人+半人前のバイトが3人なので4.5人ぐらいになる。このスタッフで年間300名以上の学生の入学を扱い、ロンドン芸術大学だけで年間160~180名の学生の入学業務をやっている。こう書くとけっこう忙しいと思いきや意外とそうでもない。それはスタッフが業務に精通していることもあるが、20年以上におよぶ経験を通じ留学生に本当に必要な情報の蓄積と問題処理能力があるからだ。

どんな仕事でもその内容を見ると業務上の問題やクレーム処理に費やされていることが多く、生産性をともなう前向きなことって意外と少ないものだ。ユニコンもその長い歴史の中で、さまざまな問題やクレームの処理に多大の時間を費やしてきた。そこで気付いたのはいわゆる対処する業務のあり方ではなく問題を未然に防ぐための予防業務に重点を置くことが非常に大切だということだった。
学生が抱きがちな疑問や質問を予測した留学マニュアルや外国生活の手引きを充実させることにより事前に多くの問題を解消しておく。そのためにユニコンのマニュアルや手引書は正直に正確にわかり易く率直な内容であるべきで、留学を出発前,留学中,帰国後の3つに分けた時、最も大切な留学中に重点をおいたさまざまな問題の解消を目的としている。場合によっては留学の夢を打ち壊すようなことでもそれが現実であれば敢えて伝える。留学の楽しい部分ばかりに紙面を費やす一般のマニュアル本にありがちなあまり重要とも思えない事項を羅列し情報のページ数だけを増やすようなことはしない。

ユニコンを通り過ぎる多くの学生は、時にこのような姿勢に戸惑いや場合によっては不快な思いをすることもあるに違いない。でも留学に限らず自分の夢を叶えるにはさまざまな困難や試練があるという現実を真正面からぶつけることが大切なのだ。このような姿勢はユニコンが扱う大学に対しても同じだ。
日本の教育や社会に馴染みのない英国人はえてして学生を誤解しがちで、間違ったピント外れのアドバイスをすることも多いし、それが変だなと思っても限られた英語力の日本人学生は反論できないのだ。このような半可通な英国大学や英国人に対しユニコンは警鐘を鳴らしもするし苦言も呈する。それに耳を傾けようとしない英国の教育機関とは付き合わないのがポリシーだ。
「英国全ての大学への入学受付サービス」などを売り物にする機関もあるが、ユニコンは学生に代わって大学を選別しているという自負がある。っていうか何も知らない学生に選択させるというのは無責任だと思う。

英国大学関係者の中でユニコンのことを“リトル・ジャイアント”と呼ぶ人がいる。確かにこんな零細な組織が英国大学全体に留学する日本人学生総数の10%超を扱うというのは誰の目から見ても異常なのかもしれない。豪華な建物,施設も何もない倉庫みたいだと揶揄される事務所に、ハッタリも美辞麗句もない正直なだけの1~2名の社員がいて、高価なカラーのパンフレットではなくPCを駆使した手作りのマニュアルや資料しかなくてもこんなに大勢の学生が来るのはどうしてなのだろう。それは学生が大人社会の表面的な価値基準や常識などに左右されず彼ら自身が見たり聞いたり感じたりしたことを信じることができるからかもしれない。

そういう面では権威や見てくれに騙される大人たちよりも遥かに賢明なのだ。そんな学生たちが集まるユニコンはリトルでもなければジャイアントでもない単にナチュラルなだけなのだ。

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有名地方大学の現実 http://www.unicon-tokyo.com/voicefromlondon/archives/2006/12/post_17.html 先日久しぶりにI君の訪問を受けた。
I君は京大卒の35歳、日本の銀行を退職後、ロンドン大学UCLの大学院準備コース(半年間)を経てこの9月からマンチェスター大学のビジネス系の(ファイナンス)大学院課程に進学した。
進学を決めるにあたってはロンドンにある大学にするか地方の有名大学にするか相当悩んだようだ。
ユニコンではさまざまな理由によって、このごろは地方大学をあまり勧めていない。特にこのI君が専攻するビジネス系の大学院課程は、近年急激に増加している中国人学生が集中する学科なので十分覚悟するようにアドバイスしたのだが、結局英国大学ランキングや英語教師などの意見を参考にしてマンチェスター大学に決めたのだった。

しかして久しぶりに見たI君はやつれ疲れ果てていた。
彼の大学院のクラスは26名だが、うち20名は中国人(ヤッパシ)で残りはフィンランド人が一人いる以外はインドあるいはパキスタン人の留学生で英国人学生は一人もいない。もちろん日本人は彼一人だ。
授業ではいつも大多数を占める中国人学生がクラスの真ん中に陣取り、英語ならまだしも熱を帯びてくると中国語で議論が進む。
そんなクラスでは友達もできず、やっとトナリの学科にいた韓国人に是非友人になって欲しいとメールで懇願し一人だけだけど話し相手ができたという。

また気晴らしをしたくてもマンチェスターの街は小さいのでパブくらいしか出かけるところがない。その結果パブ通いが増え、先日は飲みすぎて酩酊してしまい、寮の消火器を壊した挙句に気が付けば裸で隣室に寝込んでしまい寮監から大目玉をくらった。

そんなことがあってからは引きこもり状態になり、部屋の中でインターネットを眺める日が続いていて、この間は日本の参議院議員全員のプロフィールを全て読破することに1日を費やしたという。たまに外に出ても自然と空港や駅そしてバスターミナルに足が向く。ある時などは、ふと気づくとマンチェスター空港のカフェで出発便の電光掲示板を眺めながらお茶を飲んでいる自分がいるのだった。
そして今日、街を歩いていてロンドン行きのバスを見ていたら、もういてもたってもいられず思わず飛び乗ってしまいユニコン事務所に来たというのだ。

今はどうか知らないが数年前バーミンガム大学のMBAに入学した学生も同じようなことを言っていた。彼のコースは中国人が95%を占めていてクラス写真を撮ったら誰が見ても中国の大学なのであった。そんな状態に嫌気がさし、授業には出ず殆ど図書館で時間を過ごした。彼は「これでは留学したとは言えないし、授業料がたとえ半額でも入学する意味はない」と断言するのだった。でもそれを選択したのは君なのだ!!

マンチェスター大のI君は「地方のこのような有名大学は大なり小なり中国人学生に蹂躙されている。これではまずいと大学内でも中国学生の人数を制限する話が出てきているみたいだけど、何も楽しみのない地方大学はイギリス人や先進国の留学生には人気がないので仕方ないですよ。」と溜息をつき、トボトボとマンチェスターへ帰っていったのだった。

留学を考えているあなたは生活費が安いとか自然がいっぱいとかの理由だけで、イギリス人の殆どいないクラスで大多数の中国人学生に囲まれ、食生活も娯楽も全て諦めた地方大学の留学生活に耐えることができますか!?
筆者はゼッタイに耐えられない自信がある。

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unicon 2006-12-01T16:39:42+09:00
ビンボーな日本人はどこへ行く http://www.unicon-tokyo.com/voicefromlondon/archives/2006/11/post_16.html エリコさんは日本の大学卒業後10年近くファッション系の出版社に勤務していた。仕事がら海外との交流や情報収集が今後のキャリアにとって不可欠と考え留学することを決めた。
当初は大学院を目指すという希望ではあったが、長く英語から遠ざかっていたこともあり、まずはファッション・ビジネスの基礎科(1年間)に昨年入学した。その彼女が1年のコースを修了後、大学院には進学せず日本に帰ることにしたのでお別れの挨拶にユニコン事務所に来た。

ひととおり世間話した後、なぜ当初の大学院進学を諦め帰国することにしたのかという話題に移ると彼女は目を見開いて急に饒舌になった。

エリコさんは言うのだ。
「私絶対にかなわないと思ったのです。誰に対してって??クラスや寮で一緒になった中国人や韓国人に対してです。彼らは本当に金持ちでおまけに英語だって私たち日本人よりずっとできるんです。私は日本にいるとき彼らがこれほど金持ちだってこと本当に知らなかったんです。だって日本にいる中国人と言えばラーメン屋とかフーゾクでバイトしてせっせと本国の家族に仕送りしている人ばっかりだし。でも私が住んでいた寮の隣の中国人留学生は入寮するや否やベッドから机、電球に至るまでデパートに全てオーダーして揃えたのです。そして、退寮するときには何とそれらの家具を全て捨てるというので私と他の日本人学生で分けてもらいに行ったのです。その中国人学生はその後、市内の高級アパートに引越ししたのですが、その時また新たに全ての家具や生活用具を買い換えたのですよ。また食事といえば殆ど外食で、これまた私たち日本人学生はよくご馳走になりました。
おまけに彼らはメチャクチャ勉強するしよい点数をとるためには手段も選ばないんです。1年間同じクラスにいた韓国人学生は入学当初殆ど英語ができなかったのに、終わりころにはもうペラペラなんです。おまけに彼らのガッツというか人を押しのけても主張し我を通す姿勢は私たち日本人にはマネできません。へたに大学院なんかに行って苦労の末やっと卒業し就職できたとしても経済発展が著しいこのような国々とのビジネス競争からは逃れられませんよ。彼らには絶対かなわないって思うし、付き合っていける自信もないです。こんなことを言うと情けないとか根性が無いなどと言われそうだけど、それは他人事だから言えるわけで実際にロンドンにいる中国人・韓国人留学生をみれば誰しもそのような気持ちになりますよ。結局私は日本に帰り、静かに目立たず気心知れた日本人の中だけで地味に生きて行くことに決めました。それがはっきり分かっただけでも私の留学は大きな意味がありました。」

エリコさんのこのような話を聞いているうち何か絶望的な気持ちになった。確かにロンドンの中心街をブランド物で着飾って闊歩するアジア人といえばつい10年前まで日本人と相場は決まっていた。ところがどうだ今は中国人や韓国人なのだ。エリコさんの話でそれを改めて再認識することになった。
バブル経済の破綻後長く低迷していた日本の景気もやっとこのごろ改善の兆しが出てきていると言われている。しかしホリエモンや村上さんみたいな人を除けば、多くの日本人にはその実感はないようだ。この10年に渡る長い景気低迷が家計に与えたダメージは多少の給与・ボーナスの増加で補えるほど小さくないし、それ以上のダメージは日本人の自信を喪失させ精神的な閉塞感を植えつけてしまったことだと思う。つまりエリコさんではないが、自分が熾烈な国際競争のなかにあるのは分かっていても、それに立ち向かい挑戦する自信も気力もなく、留学や英語などで苦労してそんな中に飛び込むよりも国内でこぢんまりと波風立てずに心地よく生きて行く人たちが集う日本は「ひきこもり」国家になるのかもしれない。

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unicon 2006-11-02T15:33:16+09:00
日本の留学業界は怪しい!? http://www.unicon-tokyo.com/voicefromlondon/archives/2006/08/post_11.html 日本の留学業界ってけっこう怪しくて胡散臭い。へたなエージェントに捕まると
夜討ち朝駆けの勧誘を受けるし、手数料はボッタクられるし、挙句に紹介された大学は
別にエージェントなど通さなくても誰でも入れそうところだったりする。

そんなエージェントを経由し、来英した学生たちは現実を目の当たりにして被害妄想と
猜疑心に苛まれ、悶々とした毎日を送っている。
そんな嫌な思いを抱えながら留学生活を送った学生が増えれば増えるほど本来は
素晴らしくあるべき留学が誤解されるばかりでなく胡散臭くなる。そこで今回日本の
留学関係者からの非難を覚悟で思い切ってその問題を取り上げたい。

まず胡散臭い(怪しい)留学機関やエージェントの営業手法としていくつか典型を取り上げたい。
1)まず金を請求するエージェント
大学入学申し込みと同時に審査も入学許可もないのに社内為替レートで計算された
日本円で割高な授業料を請求された。

2)希望大学を変更させるエージェント
どこの大学でも無料で受け付けるというので、ある大学の申込みを依頼したら
そのエージェントが提携する別の大学の申込むようしつこく勧誘された。

3)日本で準備を強調するエージェント
日本で事前に準備する方が安上がりで安全だと強調され、英国へ行く前に100万円以上も
する準備コースに入学させられた。

4)安全確実を売り物にするエージェント
入学や進学保証をやたらと強調された大学は現地では誰でも入れ、金があって生きていれば
卒業できるようなところだった。

5)とにかく長い期間のコースを勧めるエージェント
語学学校の申し込みをしようとしたら学生ビザが取れないと散々脅され1年近くの
長期間コースを申し込まされた。

とまあ今まで色んな学生の話を聞いたことを並べてみた。これ以外にもインターンだの
ワーキングホリデイだの何となく仕事しながら勉強できるような一粒で2度おいしい式の
言葉を並べ立た留学プログラムは単なる肉体労働中心の人身売買のようなものだったりする。
このような胡散臭く怪しい留学業界が存在できるのは、留学が特別なことで障害がたくさん
あったほうが何かと好都合な人たちの思惑によるところが大きい。
確かに特別で障害がたくさんあることにすればそこにはさまざまなビジネスが発生する。
だが実際は鎖国時代でもあるまいし、留学はそんなに特別でもないしさしたる障害もない。
また少子化が進む昨今多くの学生が海外留学することで客(?)を取られる日本の教育機関に
とっては留学が特別で障害が多いというイメージは渡りに船でもある。
しかし日本社会の国際化の流れは留まることを知らず現実には外国大卒や
留学経験者の活躍の場は急激に広がってもいる。

能力ある人が自分の夢や希望をかなえるために海外へ行くというのは
何も野球やサッカーの選手に限るものでもないし、どちらかと言えば普通の日本人にとって
将来の展望を拓くという意味で大きな福音でもあるのだ。ただこのような留学の実情が日本では
表に出にくく、そのリスクや弊害に注目が向くケースが多く見て取れる。

例えば北朝鮮からいつミサイルが飛んでくるかも分からない(っていうかすでに飛んできている)
今の日本がすご~く安全な国だと妄信する一方で英国の治安などをやたらと気にするといった
矛盾に満ちた発想は、そういった留学に対するネガティブ・キャンペーンが多分に影響しているように
思える。そんな社会が怪しく胡散臭い留学情報や業界を生み出している背景にあるのかも知れない。

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unicon 2006-08-02T10:22:38+09:00
留学準備は英国で??はあ~? http://www.unicon-tokyo.com/voicefromlondon/archives/2006/07/post_15.html 英国大学に進学するのであれば、その準備の多くは英国でやるのがベストだと思う。というより英国でやるべきだと思う。


近年留学準備を売り物にするさまざまなコースが日本で行われている。ついでに言えば、このようなコースの授業料は結構高い。しかし留学の準備ということをいくつかの点で分類すると、日本でやれることは非常に限りがあることに気付かされるし、そのような限りあることに多大の時間とお金を費やすことに単純に疑問に感じるのだ。


まず留学を成功に導くために必要不可欠な準備を大別すると勉学面と生活面の2つに分けることができる。
勉学面は英語のトレーニングに始まり、アカデミック・スキルやリサーチ・スキルなどの実際に授業が始まった時のための準備があげられる。この中で現地つまりここでは英国でないとやりにくいのがリサーチ・スキルのトレーニングだ。理由は簡単で日本ではリサーチに必要な英語のマテリアルが限られていること。またアカデミック・リサーチへのアドバイスや評価ができる教師が少ないことも挙げられる。


特に大学院レベルとなれば、このリサーチ・スキルをトレーニングできないことは致命的といえる。
逆に日本でできるのはノート・テイキングやメイキングそしてアカデミック・ライティング(つまりエッセイ作成),プレゼンテーション・スキルなどだとは思うが、大学院のように非常に狭い専門的な分野を専攻する学生にとって、ある程度その分野に即した内容でそれらのスキルをトレーニングすることが当然効果的であることを考えれば、そのような分野別の英国人教師を見つけることが難しい日本ではそれも覚束ない。また価値観を共有する日本人同士のディベートに例えそれが英語で行われるとしても、さまざまな国籍の学生が集まる英国大学の授業の中でもっとも辛くまた重要な部分である文化や思想の違いによる価値観の衝突はありえない。

生活面で考えれば日本にいては全く準備にならないことは誰が考えても当たり前だ。
授業はネイティブ教師がやるとしてもそれ以外は全て日本の環境の中にどっぷり浸る生活の中で、留学の臨場感などあるわけがない。朝起きてJR線に乗って学校へ行き途中で腹減ったので立ち食いそばを食べて、ついでにスタバでコーヒーを飲む。授業が終われば友達とカラオケに行き夕食はファミレスで簡単に済まし、駅前のツタヤで面白そうな外国映画のビデオ(もちろん字幕スーパー付)を借り、帰宅。こんなありきたりな日本での生活を送っていて何を準備しようとするのだろうか。英国に到着して第一日目から地下鉄の切符の買い方が分からない、バスの乗り方が分からない、携帯電話の買い方が分からない、風邪薬が買えないそしてまず周りの英国人が何を喋っているのか分からないのだ。

留学の準備を100と考えれば、日本に居ながらにしてできることは全体の2-3割でしかなく、そんな暇とお金があったら早く渡英しろよというのが本音だ。早く渡英することのリスクは何も見当たらない。以前さんざっぱら準備に時間とお金をかけ、これで完璧だと自信満々渡英してきた女子学生がいた。
彼女が入学した英国の地方大学はコンビニもファミレスもない自然と静かさだけは誇れる環境の中、コースが始まった10月はすでに日本の季節で言えば冬のように寒くおまけに毎日毎日雨模様、まわりの英国人とのコミュニケーションもままならず、数少ない大して波長が会うとも思えない日本人との人間関係にも馴染めず結局彼女は1ヵ月後には逃げだすように帰国したのだった。一体彼女の準備ってなんだったんだろう??


このような準備コースが日本で繁盛しているとすれば、大学進学=まず受験対策といういかにも日本人的な常識がまったくそれとは異なる英国大学進学にも適用されているという矛盾に他ならないし、第一そんなに英国に行くのが怖いのだったら最初から留学なんてしなきゃいいのにと思うのだ。

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unicon 2006-07-04T15:48:15+09:00
金にまつわる話~授業料は不公平?~ http://www.unicon-tokyo.com/voicefromlondon/archives/2006/03/post_13.html イギリスの大学って授業料の面で不公平だという話を
よく耳にする。英国人と日本人学生の授業料の差に関する文句
なのだが、この話には多くの誤解があるので本当の事を書きたい。

まず英国人だから授業料が安いというのはウソだ。英国人だからではなく
納税者だからといった方が真実に近い。では納税者だと誰でも安くなるか
というとそうでもない。基本的に本人ないし父兄が大学入学日まで4年間
継続して納税しているというのが原則といわれている。”言われている”と
ちょっとだけ曖昧な書き方になったのは、ケースバイケースで臨機応変に
対応することで有名な英国の役所の判断が多分に加味されるので厳密に
これだと断定できないからだ。なんせ個人の状況や意見に耳を傾けることに
長けた英国社会はあらゆるケースに対して柔軟だし、一応のガイドラインは
あっても多くの例外を許容する社会なので、役所であっても対応は同じなのだ。

英国の文化はさておき、この4年間継続して納税していることというルールに
該当する学生であれば、国籍に関係なく国内学生の授業料(つまり安い授業料)
が適用されるわけだ。英国人であっても長く香港に暮らしている人がその子供を
英国内の大学に入学させた場合、やはりこの安い授業料は適用されない。
納税者の授業料が安いことを分かりやすく説明すれば、彼らの払った税金の一部が
大学の授業料の補助に充てられているということなのだ。

ちなみにイギリスの税金は高い。所得税は最低でも20%以上だし、それに社会保険料
などを加味すると源泉で30%以上徴収される。それに住民税や17.5%という高率の
付加価値税(日本の消費税に当たる)が加わる。つまり英国の就業者の税務負担は
重く、収入の半分近くが国に納められていると言っても過言ではないかもしれない。
そんな多額の納税をしている者と一銭のお金も納めていない者の授業料が同じと
いうのでは納税者側から見ればこんな不公平なことはなく、それこそ一揆が起きても
おかしくない。

また、日本人だから授業料が高いというのはウソで、納税していない留学生の授業料は
同額である。韓国人、中国人、アメリカ人もすべて同じなのだ。ちなみに学生数で言えば
高い授業料を払っている外国人の中で日本人は5ないし6番目でしかない。中国の物価から
みれば英国大学の授業料はとてつもない金額だと思うが、中国人生徒の数は日本人の5倍
もいる。

一方日本に来る留学生の授業料は日本人より安いばかりでなく、多くが日本政府から
奨学金までもらっている。そうまでしないと留学生が来ない日本がおかしいと思うのだが、
これが常識になっている日本人にとって、納税者への還元という至極まっとうな考えに基づき
設定されている英国大学の授業料は、不公平だの差別だのということになってしまうようだ。

日本の常識は世界の非常識、残念!!

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unicon 2006-03-17T17:54:05+09:00
怪しい日本の外国人教師 http://www.unicon-tokyo.com/voicefromlondon/archives/2006/01/post_10.html 先日ロンドン市内のスーパーで買い物していると、レジのお姉ちゃんにカタコトの日本語で「日本人ですか〜?」と声をかけられた。とうとつだったので驚いた顔をしていると彼女は続けて「私、先月まで日本にいました〜」と言うのだ。「へ〜観光で行ったの?」と聞くと「英会話の先生してた」という。そういえばこの前は事務所の清掃員の兄ちゃんも日本では英語教師としていい生活してたと言っていた。
このごろこの手の怪しい日本語をちょっとだけ話す元英語教師の英国人によく出くわす。ちょっとだけ日本語を話し我々日本人に対して実にフレンドリーな彼らは日本を懐かしむように「日本のどこから来たのか?」だの「日本のどこどこは知っているか?」だの聞いてくるのだ。でも何か変だと思う。彼らの多くは率直に言えば低階層の労働に従事しているのだ。日本ではまさに英語教師として「先生!先生!」と呼ばれけっこう優遇された生活をしていただろうし、東京あたりであれば毎夜麻布だ六本木あたりでバリバリいわしていた彼らが英国に帰るとその多くがいわゆる低階層の肉体労働者になるか、教師として働くと言っても中学や高校などではなくせいぜい街角の語学学校の臨時教師なのだ。
そこでこの素朴な疑問を知人のロンドン大学教授にぶつけてみると「能力のある奴が英語や英会話教師なんかやるわけない。ましてや地球の裏側の日本で英語の教師をやっていたなんて何の評価にも値しない」という答えが返って来た。続けて彼は「英国の良い大学を卒業した人間から見れば英会話教師なんていうのは窓拭きと同じ類いのバイト仕事だ」と言うのだ。つまり1時間英会話やって金をもらうか1枚窓を拭いて金をもらうかの違いだけで大した知識や能力も要らないバカ仕事だと言うことらしい。
昔、日本の地方都市で英国大学の説明会を行った時、「僕は今オックスフォード大学を卒業したイギリス人の先生に英語・英会話を習っていて、その先生から英語学習だけではなく英国の文化や教育そして留学についてのアドバイスもしてもらっているので安心だ」と誇らしげにいう学生がいた。実際にそのイギリス人の先生に会うと彼は「オックスフォード州にある専門学校で職能トレーニングを受けたあと、しばらく英国で建築現場の作業員をしていたのだけれど、ナンパした彼女が日本人だったので彼女の帰国に合わせてこちらに来てみたら英語教師としてけっこうな収入になるし、皆からは先生として尊敬されるし、外人が珍しいのか毎日のように地域の人から豪華な食事に招待されるし、お陰で食費は浮くし最高だよ」と悪びれずに抜かすではないか。このイギリス人のアドバイスを真に受けている学生がいるかと思うと何だか複雑な気持ちになった。冷静に考えればオックスフォード大学まで出た優秀な学生が、イギリスから見たら東の端の日本という島国のそれも地方都市で英会話教師に身をやつしているわけない。もし事実だったとしたらそいつは余程の日本フリークか変人に違いない。つまりまともじゃない。
英語や語学教育の学位を持ち、外国人に英語を教えることに情熱をもつ真剣なネイティブの教師も日本にいるに違いない。しかしネイティブの教師が増えているにも拘らず、年々日本人の英語力が落ち込み北朝鮮並みとまで揶揄される現状を見ていると、単にネイティブだというだけで英語を教えるということもまともにできない連中が教師としてのさばっているのだから仕方ないかと妙に納得してしまうのだった。日本の英語・英会話教師の職って英国人大卒の失業対策か〜!?

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unicon 2006-01-12T18:50:11+09:00
現代大学生怪談 http://www.unicon-tokyo.com/voicefromlondon/archives/2005/12/post_14.html 「私、日本の大学やめたいのです」

今日も相談に来た現役の大学生からこの言葉を聞いた。このごろやたらと大学中退を希望する学生の相談が多い。ロンドンには多くの日本の現役大学生が長期の休みあるいは休学して留学している。ことに近年は英国で学んだことを単位として認める日本の大学が増えるとともに、英国の大学などでもJYA(イアーアブロードコース)と称する日本の大学休学生向けのコースを多く開設していてその留学を後押ししている。ところがこのような学生が、予定した留学期間を終えても日本に帰りたがらないのだ。理由はせっかく英語に慣れてきたのにすぐに帰ってはもったいないとか、もう少し自信をつける必要があるとか色々言うのだけれど、要は授業もろくに行かず、バイトと合コンに明け暮れる、いわゆる典型的な日本の大学生に戻りたくないのだ。大体大学の1、2年生で留学したいと考えること自体、日本の大学が面白くなかったのだ。面白ければ海外に行こうなどと最初から考える訳がない。

昨年日本事務所にある女子大生が相談に来た。彼女はまだ入学して3ヶ月だったが、ご多分にもれずカラオケや合コンそしてバイトに忙しい毎日で、こんな筈ではなかったと思いながらも周りの学生も同じような生活を送っているのでついつい流されてしまう自分に不安を感じると言っていた。そこで思い切って海外に飛び出そうと考えたわけだが、親はせっかく入った大学だから卒業しろと言うし、教師は外国大学を卒業しても就職もないと脅すのでどうすれば良いかという相談であった。親子関係だの師弟関係には深入りするつもりもないし、逆にそれらのコメントに異論をはさむとすれば話が終わらなくなるので、今の自分に正直に公開しないことが大切ではないかというような当たり障りのないアドバイスをしたのだが、彼女が急に泣き出し鼻水まで流されたのには参ってしまった。

先日、日本の某一流私大の経済学部を卒業した学生が、こちらの大学の芸術系の基礎コースに申し込みたいという問い合わせがあった。全てやり直しとなる今後のプランやそれにかかる費用に及ぶと突然この学生は「僕は大学の選択を最初から間違えたんだ!!あの日本の大学に払った金があればと思うと悔しい」と逆切れした。

中退の動機はさまざまだ。確かに日本の大学を出ても意味がないと感じてる多くの大学生がいる。大学生活を有意義に過ごすか否かは全て本人の問題だという正論をふりかざし社会や大人が説教してみても未熟な学生たちには通じない。かえって未熟なだけに無理やり自分の希望や意思に反したことをやらされるとその恨みをず~っと根にもつ。ある学生が言っていた。「親や教師そして学校のために我慢して大学を出てやったのだから、あとは彼らに責任を取ってもらうし、一生とりついてやりますよ。」お~こわ!!

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unicon 2005-12-06T14:45:48+09:00
日本人は受験英語しかできないから・・・のウソ・ホント http://www.unicon-tokyo.com/voicefromlondon/archives/2005/11/ielts_1.html
ユニコンの留学生のほとんどは大学進学を目的としているので、例年多くの学生がIELTS(英国版のTOEFL)という英語テストを受験する。IELTSは英語を読む/書く/話す/聞くの4つの能力で審査する試験でそれぞれが9点満点で表記される。

ユニコンには過去に受験した数百名に及ぶ学生のテスト結果が残っていて、時々それを眺めてはあの学生はいいやつだったとか、いい加減なやつだったなどと思い出にふける。ある時この数百名のテスト結果をみるうちに面白いことに気づいた。先に説明したようにIELTSは4つの能力を審査するのだが、なんと90%以上の学生は 話す/聞く>読む/書く なのだ。日本人の多くが読み書きは良いのだけれど話せないし聞けないという不満を口にするのに、この結果をみるとどうも現実は違う。また英国滞在が長くなればなるほどこの 話す/聞く と 読む/書く のギャップは広がっていく傾向にあることも分かった。つまり日本人は読み書きができないのだ。

そしてある学生にどうして 話す/聞く より 読む/書く が得意だと思うんだと聞くと、例えば

Be careful!

と言われると聞けないが書いてあるのを読むと分かるからと言う。つまり多くの日本人にとっての読みや書きはこういうフレーズのことを指していて、いわゆる内容と自分の意見を伴った作文のことを意味していないのだ。

IELTSのテスト中の書きは250語/150語以内で例えばあるグラフを見てそこから見て取れる自分の想像や意見を作文するもので、決して

This is a pen.

を翻訳しろなどという問題ではない。つまり意見や考えがない読み/書きはありえないわけで、日本人はこれが苦手なのだ。一方話す/聞くはテープを聞いて4択で答える設問と審査官の英国人との面接で判定される。それこそ「あなたはどこから来たの?」だとか「どのくらい英国にいるのか」などの簡単な質疑応答に始まり、それに対して学生が’Japan’だとか’2 years’などと答える。そして話す内容を少しずつ複雑にしていくわけだが、面接なので身振り手振りをいれてコミュニケーションは続く。

話すとか聞くというのは例えそれが正確でなくとも文法がおかしくともなんとなく通じる。’Toilet where’といえば便所は何処だときいているくらい想像がつく。それが話す/聞くということなわけで、平たく言えば通じたかどうかということを見るのだ。どこかの教材の広告で’I get off’は「アゲドウフ(揚げ豆腐)」の方が通じるというのをみたことがあるが、ではこれを作文で’A-GE-DOUFU’と書くバカはいない。つまり単にコミュニケーションを目的に話そして聞くのは難しいことではないし、決して日本人はそれが不得手ではないことをこのIELTSの結果は如実に示している。

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unicon 2005-11-10T16:25:11+09:00
英語ペラペ~ラ -日本人は全員東大生になれる?!- http://www.unicon-tokyo.com/voicefromlondon/archives/2005/10/post_12.html ここに興味深い表がある。それはアジア23カ国のTOEFL受験者の平均点を示したものだ。一概にこの点数が各国の英語力を反映するものではないとは思うが、結構ショッキングだ。その表によれば世界第二位の経済大国でアジアで唯一つのG8メンバーの我が国日本は23カ国中22位、下にはあの北朝鮮しかいない。

日本人の多くがもつ、英会話に対する劣等感や憧れは異常だ。多くの日本人が国際的な場でカッコよく英語で語らい、外国からの電話によどみなく英語で答える姿にあこがれる。そんな弱みに付け入るように、英会話学校や英語教材のPRでは外人と喋れるようになる点を強調する。外人と語り合おうだの、この教材一つでペラペラだのといったキャッチフレーズの横に、外国人に囲まれて微笑む日本人や彼らを前にプレゼンしてる日本人と思しきビジネスマンやキャリアウーマンの写真が添えられたりする。聞けば渋谷区内だけでも100近くの英語学校が営業しているそうだ。それでも英会話ができるようになったという話はあまり聞いたことがない。だからというわけでもないだろうが、留学の動機にまず本場で英語がしゃべれるようになりたいからというのが挙げられるのはうなずける。そして、現在英国に留学してもなお、日本人学生の不満の多くがその英会話が伸びないということなのだ。

英会話とは何のことなのだろう。飛行機の中で外人のスッチーに毛布をくださいと言えることなのか。あるいはパブで隣にいたオヤジと好きな女の子のタイプについて語ることなのか。会話ってそんなものなのかもしれない。多くの日本人は喋れる喋れないという点で英語力を判断しようという傾向が強い。ところが英国の大学や大学院での学習では読んで書くことに忙殺され、会話指向の強い日本人学生にとっては不満になるようだ。

英会話力があってもそれは必ずしも知力があるという意味ではない。会話さえできれば大学でもどこでも入学できるのであれば、日本語を話す日本人はすべて東大に入学できることになる。つまり会話力と知力は違うのだ。ところがこと英語の問題となると英会話力=英語力=知力となり、とにかく喋ることができればよいということになるらしい。こんなバカな話はない。知力があろうがなかろうが英国人は英語を喋っている。こんな当たり前のことが理解できない日本人の本当の英会話力は絶対に上達しない。間違った英会話信奉が日本政府をして小学校からの英会話クラスの導入を決意させ、英語圏の国々からネイティブであれば誰でもという状態で、俄か英語教師を招聘させている。街角には英会話学校があふれ、駅前だけに飽き足らずお茶の間だのケータイだので留学できるという。でも繰り返しで恐縮だが、日本人のTOEFLスコアはアジア23カ国中22位で、その下にはあの北朝鮮なのだ。今の英会話偏重が決して英語力の向上につながっていないのではないかと疑問に思う人はいないのだろうか??どうも賢明な日本人はこと英語になるとバカになるらしい。

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unicon 2005-10-06T16:44:53+09:00