留学体験記

【コース体験記】武内さやさん(19歳)平成女子高生のロンドン奮闘記

2012.12.05

ファウンデーション課程

2012年11月の午後、武内さやさんがロンドン事務所にやってきた。
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こんにちは~ごめんなさい、遅れちゃいましたぁ。

―― (背が低いのかと思っていたら座高が低いだけだったのね。立ってると足、長っ)ファウンデーションが始まってもう2ヵ月ね。セントマでの調子はどう?英語、付いていけてる? クラスに留学生は何人いるの?

私のクラスは25人中、私を入れて8人が留学生です。でも(私以外)みんな英語がすごく出来るんです!

―― なによ、武内さんだってIELTSが6以上あるでしょ? オリエンテーションの同窓生たちなんか「さやちゃんくらいペラペラ話せたらいいなぁ」って言ってたわよ。自分より英語下手なのがいると精神的に楽なのだけど、一人くらいクラスにいないの?

私以外はみなインターナショナルスクール出身者でIELTSが平気で7とか8の子ばっかり。私が最下位です。

―― 日本人は武内さんだけなの?

いえ、もう一人いるんですが、やはりインターナショナルスクール出身で8.5もあるんですよ。

―― うーん、それはまずいわね。でも何とかなるんじゃない? (と無責任に流すユニコン)

エピソード(1)初渡英で一発捕獲の巻

―― さて、「今さら」の感がありますが、美術の道に進んだ理由を教えてください。

小さい時から音楽とか美術が好きだったんです。
小学生の時、絵画教室に通っていた仲良しに誘われて一緒に通いだしたのが始まりです。自分の手で何かを作ることも大好きで手芸やビーズにも夢中になりました。
だから、中学に進むとき、女子美附属にするか恵泉(女学園)にするかで悩みましたが、女子美附属だと本当に美術だけになってしまうので将来の選択肢が広がりそうな恵泉を選びました。

―― えーっ、小学生のうちから人生考えていたの? どうすればそーゆー小学生に育つわけ?

親の影響だと思います。
「働くことが当然」という雰囲気が家中にみなぎっていたし、母が某企業人事部勤続25年のいわゆるキャリアママで「これからの社会、男だから・女だからなんてことは言ってられない」という考えだったせいか、私は小学校のころから「女でも絶対に生涯仕事を持て」と言われ続けてきました。

―― 留学というアイデアが芽生えたのはいつ頃?

高校部に進級した年に恵泉をやめて留学した子がいて、「高校留学」という選択肢があることを知りました。気になってブリティッシュ・カウンシルのHPをチェックして留学フェアを知り、フェア会場でユニコン を発見し、ISCA(ロンドン芸大付属高校) にたどり着きました。ISCAは2年制なので、高1を終えたら恵泉を中退してISCAに行けば日本の高校卒の人と同じ年度に学部進学できることがわかりました。

―― でも結局、ISCAには来なかったのよね。当時の(低過ぎる)英語力の問題?それとも好きな男の子がいたのかな~?

いや~ん、違いますよぉ。確かに英語問題はありましたが、私、学校が好きだったんですよ。特に文化祭が。あ、友達も。女子高だからすっごくリラックスできるし。こんな楽しい生活を捨てるのはやだな~と思ったんでISCAはやめたんです。

―― なんだ、そうだったの。ISCAの英語入学基準なんか大して高くないのに、それも無理なくらい英語ができないからあきらめたのかと思っていたわ。うちの社長(ISCA創立者)もちょっとがっかりしていたわよ、あのとき。
ところでイギリス初体験は何歳の時ですか?

中学3年の夏休みです。母に強制的にケンブリッジの英語学校に2週間送られました。
私、まだ15歳ですよ、その時。
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★中学3年生 初めてのイギリス留学★

―― 付き添いもなく一人で?グループツアーじゃなくて、あなたを一人で? 飛行機に初めて一人で乗った行き先がイギリスですか。ひょー、お母さん、思い切りましたね。だって当時の武内さんの英語力つーたら有史以前のレベルでしょ?

ソーリーとサンキューくらいしか言えなかった。おまけに2時間遅れでようやく到着したヒースローではあっという間に入国管理局で捕獲されました。

―― ああ、15歳だったもんね、一人旅の子供は引っ掛かるよ。
はは、言われていることが全然わかんないし。持っていたパスポートや書類を全部取り上げられて、ガイジンのおねえさんに「そこに座ってろ」て(身振りで)言われたんで座っていました。数十分後におねえさんが戻ってきて「行っていいわ」みたいな。到着ロビーに出たら学校が手配した半ギレの出迎えドライバーが待っていました。

エピソード(2)おきあがりこぼし

――16歳(高1)の時の短期留学はユニコンが手配したんですよね。

はい、高1の春休みにセントマ のファッションデザインの1週間コース(16-18歳対象)に参加しました。私以外はイギリス人かインターナショナルスクールに通っているヨーロッパ人ばかりでした。英語は全然わからなかったけれどクラスに親切な子がいたので生き延びることができました。

―― で、次が問題の高2の夏休みですね。

はい、思いきり悲惨でした。このときは(16-18歳対象の)‘Life Drawing’と‘Theatre Design’の2本受講しました。1本目のDrawingは同じクラスに呂沙ちゃん(京都から来た高3)がいたから大丈夫だったけど、Theatre Designの方がね、もう、ご存知のように。

―― 古傷をえぐるけれど、だから春休みに来た時に「キミはアートじゃなくてまず英語だろ!」と言ったのに、またしてもアートだもんね。たく、英語がわからないからクラスで一言も発することができなくてクラスメートと一緒のランチも辛くて間が持たないからって毎日お昼時になるとウチの事務所に来てさ。絶望的な顔をしてじっとりと居座られてさ、ホント、うざかったわよ。それでもあなたは1日も休まなかったのよね。どういう神経してるんだろうと思ったけれど、でも、その点は感心したわ。

あはは、私、とにかく学校は休むもんじゃないという意識を植え付けられているんですよ。授業料だってもったいないし。もひとつ、性格ですかね。
終わりよければすべて良しっていうか、どんなに苦しくても辛くても、終わってみたら楽しかった部分しか覚えていない性格なんですよ。考えてみれば英語ができないためにすごく嫌なこと、いっぱいあったんです。もうあれもこれも恥ずかしいくらい。でも楽しかったな~ていう思い出が一つでもあると、それしか心に残らないんです、私。
たとえば普通に考えれば、15歳でイミグレで引っ掛かるなんてすごい衝撃じゃないですか?
でもその後に経験した楽しいエピソードのおかげで嫌だった部分をほとんど忘れちゃってるんです。
高1と高2で受講したセントマのコースだって最悪だったし、もっと言えば、今通っているセントマのファンデだって、楽しい♥とか言っているけれど実はもう恥ずかしい思いを何度もしているのにね。たぶん、幸せな性格をしてるんですよね、すごく。

―― 日本人には珍しい性格だと思います。何言われてるのかわからない授業って拷問と一緒だもん。普通の神経の持ち主なら登校拒否しちゃいます。その異常なまでに前向きの性格はどうやって形成されたのかな?

やはり、母ですかね。何か起こってもよっぽどのことでない限り、「大丈夫!」というすごく前向きな性格の人です。あと、家にいるよりは学校に居るほうがマシというのが昔からありました。
私、小・中・高と皆勤だったんです。風邪もひかないんですよ 。
(ここでスタッフと武内さんが同時にハモって) ‘バカだから?’
風邪ひかないというより、風邪ひいてるのにも気が付かないというか。母は「気合で治せ」だし。うちは異常なまでに健康一家で、母に至ってはもうサイボーグ。夜の11時とか12時まで残業してきた後で翌日の子供たちのためのカレーを作ってから寝る、翌朝は早起きして娘2人のお弁当を作ってから出社してフルタイムで働いて、週末はサイクリングに行く、みたいな。風邪の疑惑があるときは行きつけの薬局で特別入手したビタミンCと健康ドリンクを飲んで寝ていろ、です。(以下、武内家の異常な健康談が続く)

―― で、高3の夏休みにまた来たんですよね、ロンドンに。

はい、高2の地獄留学で英語の出来なさが身に沁みたので、今度はセントジャイルズ(語学学校) を予約しました。ジャイルズに通っていた3週間は毎週土曜日になるとインターナショナルハウスにIELTSテストを受けに行きました。ロンドン滞在の最後の1週間だけ通えるセントマのワークショップ(サマースクール)という「ご褒美」を楽しみにして。

―― 私、武内さんがIELTSテストの結果(スコア用紙)をロンドン事務所に取りに来た日のこと、覚えているわ。あぅ~お願い~と呻きながら封筒を開けて、中からスコア用紙を取り出して、眼が上下に激しく動いたと思ったら、口が半開きになったまま顔が固まって。あ~~壁を越えられなかったか、と眼をそらしたわ、見ていられなくて。だって涙目になっているんだもの。

うれし泣きですよ。だって、5.5ですよ、いきなり!
私のIELTS初体験は高1のとき。親に言われて受けたはいいが、結果は3.5という悲惨なもの。ビックリ、ははは。高2の地獄留学を終えて日本に帰ってから一生懸命勉強して親に尻を叩かれながら何回かIELTSを受けたんだけど4.5止まりで動かなかったのに、ジャイルズにちょっと行ったら飛躍的に伸びて驚きました。私が英語らしきものを喋れるようになったのは、この時からだと思います。
この高3の夏の留学は本当にハッピーでした。IELTSが取れて、ジャイルズで知り合った台湾の子たちと楽しく過ごせて(今でも仲良しです)、セントマのサマースクールもうまくいって。
それにしても、毎回飛行機に乗るときは「なんで行くのかな~私、行くと苦労ばっかりなのにな~」って思うんですけど、でも来ちゃうんですよね。頭悪いのかなぁ。

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★語学学校セントジャイルズで仲良くなった台湾人の友達と ★

―― いえいえ、それはロンドンにはsomething surprisingの発見があるからでしょう。

うーん、そうですね!確かに。日本は安全で大好きです。大好きな家族も大事な友達もみんな日本に居るし。
だけど私、留学という選択肢を知ってしまいました。海の向こうで勉強している人達がいる事を知りロンドンでの勉強は苦しいのになぜかおもしろいという感覚も味わってしまいました。
こんな禁断の味を知ってしまった後で日本の大学に進んだら、必ずいつか「あの時ロンドンに行けばよかったな〜」って後悔するだろうと思ったのです。

エピソード(3)オリエンテーション4月コースは日本人が花盛り

まあ、そんなこんなで今年(2012年)の3月には高校を卒業して、バンドも終わりにして(ガールズバンドでドラムをやっていました)、4月のオリエンに向けて渡英してきました。

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★高校生時代のガールズバンド★

―― クラスのメジャーがユニ学生である点も含めて、セントマ・オリエンテーションの悪いところ良いところを正直に話してください。いいわよ、何言っても。どうせ私も余生が短いし。

初日オリエンの教室に入ったとき、あまりに日本人がたくさんいて一瞬引きました。嫌というのではなく、ロンドンにいてこんなにたくさんの日本人がまとまっている場面に出会ったことがなかったから。「せっかくロンドンで勉強するのにこういう感じか~」と。

―― 今年の4月のオリエンは35席中29席がユニコン学生で占められていたから或る意味、壮観な眺めだったでしょう? でもさ、(卒業が一律3月という)日本の学校システムのせいで4月オリエンはほとんどユニ学生だよって始めから言ってあるじゃん。

そうなんですけど~、あそこまでとは思いませんでした。でも、後になってあれですごく良かったと思いました。
実は別のタームのオリエンを受講した人達の話とかも聞くんですけど、うちら(4月)のオリエンが一番良かったんじゃないかなぁ。特に人が。みんな面白かった。日本に帰ってからも近場の仲間たちとご飯に行ったりしていました!

―― ご飯はいいけどさ、オリエンの授業でチューターの説明がわかんないときはどうやって誤魔化していたのですか?

チューターが課題の説明を終えて「ハイ、始めて!と言うとクラスが「シーン」となるんですよ。静止状態、みたいな。
そこで誰かが「ちょっとぉ~、今の説明、誰がわかったぁ?私たちは何すればいいのぉ?」って声を発すると全員が集合するの。そしてそれぞれが聞き取れた情報を出し合って、「こういうことをするっぽいみたい」「多分こういうことじゃないのかな?」てディスカッションして、最終的にかおりちゃん(クラスで一番英語ができた子)に確認。かおりちゃんが「そうだと思う」と言ったらGOサインが出たということで制作作業に入っていました。

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★オリエンの授業風景★

―― なるほど、日本人ならではの英語の出来なさが皮肉なことにクラスの結束を強めるのに役立った、というわけね。実はそこなのよ、クラスのメジャーが受講目的を同じくする内気な日本人だからこそ、オリエンは歴史的な成功を収めてきたのよ。ここんとこを日本人にわかってもらうのに時間がかかるんだけどね。私が東京事務所の相談会なんかで「オリエンのクラスはほとんどがユニ学生です」と説明すると大半の人が「えーっ、それじゃ英語の勉強にならないじゃないですか?」って言うのよね。英語がうまいガイジンと混じっていたら何か自然に英語が上達すると思っているのよ。で、私が「あなたたちの英語に我慢して長々と付き合ってくれる奇特なガイジンはどこにもいません」と言うとようやくシブシブ納得するっていう感じなのよ。セントマは語学学校じゃないっつーの。でもね、日本人に欠けているのは英語だけじゃないから問題なのよ。

そうです。オリエンがどんだけ役に立つコースかっていうのは、ファウンデーションが始まってからよくわかりました。実は、ファンデで今やっていること、オリエンテーションでやったことと色々カブってるんですよ、プロジェクトの内容もテーマも。
たとえば、「リサーチして」と言われて何すればいいのか最初からわかってる日本人っていないはずです。「プロジェクト」て言われたって「何すればいいの?」ってうろたえる人がほとんどだと思います。
コンセプトって何よ?なんで作品の完成度より「プロセス」が大切なの?
「デベロップしてエクスプロアしろ」って、もう、何語なのよ?という感じじゃないですか? 
プレゼンだって、ディスカッションだって、日本じゃそんなことほとんどやらないじゃないですか。大体、IELTS 5.0くんだりでナマのイギリス人とどうやってディスカスしろっていうんですか? そうした、日本人にとって???(わからな過ぎる)ことをポートフォリオ制作を通して教えてくれたのがオリエンだったんですよ。オリエンはファンデの予備校的役割をしていたんですね。
ファウンデーションではコースの第一日目からクラス全員がそういうスキルを全部理解していることを前提にして授業が始まるんですよ。当たり前ですよね、元々が2、3年もかけてそういう訓練を積んできたイギリス人を対象にしたコースなんですから。外国人だからって全然容赦してくれません。
私なんかコース2日目にいきなり「プレゼンしろ」です。こんな英語力だからしばらくクラスの語り草になるほどの間抜けなプレゼンでしたけど、あれでもオリエンでひと通り鍛えられていたからヘタクソでも出来たんです。オリエン無しでいきなりファウンデーションに入学していたら、と思うとゾッとします。一日も耐えられないかもしれません。特に私のようなアートも英語も初心者レベルなら尚更です。シカトされるのを我慢してそこにいるだけの人になっちゃいます。生き地獄ですよね。
とにかく、オリエンはすごく楽しかったです。トシや学歴に関係なく、皆タメ語なんですよ。そこが特によかったです(そこかよ!)

―― オリエンが終わって仲間があちこちのコースに散って、ほとんどがクラスで「一人きりの日本人」になりましたよね? 今となると「日本人がズラー」のオリエン時代が懐かしいでしょ?

ええ、実は今週末もオリエンの仲間たちと会うんですよ。みんなちゃんと生き延びてるー?て、確認しあうために。授業大変なのが自分一人きりじゃない、辛いのはみんな同じなんだって思うと勇気が出るんです。

■ それにしても日本が北朝鮮より英語力が低いのはなぜか?

日本人以外の外国人は本当に英語がよくできます。セントマに限らず、ロンドン芸大のファンデ学生でIELTSが入学基準ぎりぎりの5.0しかないのって日本人だけじゃないかな? たまに英語の上手な日本人がいると思うと、インターナショナルスクール育ちでIELTSが8.5とか、いやになっちゃう。

―― ユニコンもいやになってます。このテーマについてはユニ学生の間でも頻繁にディスカッションが繰り広げられています。最近、特にひどいでしょ、出来なさが。アジア24ヵ国中、TOEFL学習者の平均スコアが日本より低い国って、もう、ラオスとミャンマーしかないのよ。一般人の海外渡航が禁じられている北朝鮮にまで追い抜かれたってどんだけよ?

言葉の順番とかが違うせいかな。あと文法? でもそれは他のアジア諸国も同じような条件ですもんね。

―― ここまでくると、もう後天的DNAの問題なんじゃないかっていう説もあるのよね。日本人って狩猟民族じゃないでしょう。農耕民族の緩さっていうか?そういうことしか考えられないのよね、もう。10年前のユニコン学生の平均IELTSスコアは今よりも1.5ポイント高かったのよ。当時のユニ学生は悪くても5.0から始まって3ヵ月目で6.0から6.5になっていた。当時、たった1人だけど3回受けても4.5不動の学生がいたけど「すみません、バカで。早く人間になりたい」って言ってたもの。それが今や、大卒でも堂々と3.5とか4.0とか取っています。もう、DNAあたりにケツを持っていくしかないでしょう? 解決案として考えられるのは英語出来る人のiPS細胞を移植するという手くらいか。もう、山中教授にお願いするしかないですね。

■ 学部進学が保証

―― 今年度からロンドン芸大ファウンデーションを受講する外国人学生には、学部進学が保証されることになりましたね。

ええ、ファンデにきっちり通ってIELTSスコア(6.0)さえクリアすれば(第一希望とは限らないけれど)ロンドン芸大カレッジのどこかの学部には必ず入れることになったみたいです。ラッキー?!
なので、IELTSが6.0未満のファンデ学生には本コースのほかに英語の補習授業が追加されているのですが、これに真面目に出席さえしていれば「英語OK」ということにしてくれるそうです。私は既にIELTS 6あるので(えへん)出なくてよいのですが、たいていの日本人は出席が義務付けられています。

■ Diagnostic型ファウンデーションについて

―― ファウンデーションの話をお聞きしましょう。ほら、セントマのファンデにはDiagnostic (診断方式型:ダイアグノスティックと発音する)という舌を噛みそうな名前の専攻ルートがあるでしょ?オリエンテーションしかアート経験がないユニ学生の多くがこのルートをオファーされますよね?学部課程で何を専攻するべきか、学生の成長を観察しながら決めていこうというので‘診断型’というネーミングがつけられたのですね。

私もDiagnostic専攻です。
Diagnosticグループでは各自が5つのpathways (Fine Art, Graphic, Fashion, Performance Design, 3D)から3つ選びます。これら3つの各分野にそれぞれ1週間ずつかけて行うのが第1ラウンド(3週間)になります。これにはDiagnosticグループの学生たちだけで取り組みます。
3週間後に3つのpathwaysを2つに絞り、それぞれの分野に2週間ずつかけて再び取り組みます(第2ラウンド:4週間)。
その後チューターと面接をして最終的にpathwayをひとつに絞ります(私は今、この段階です)。ひとつに絞ったところで既存の5 pathwaysに合流することになっています。
私が最初に選んだのは 3DとGraphic と Fine Art の3つ、次に3Dと Graphicの2つに絞りました。で、今はこの二つのうちのどっちにしようかな~と悩んでいるところです。どっちも楽しかったし、どうしようかなあ。けっこうぎりぎりまで悩んじゃうと思います。

―― 将来入学してくるユニ学生のために、クライマックスの第2ラウンドで取り組んだ作業の内容をかいつまんで(具体的に)教えてください。武内さんが選んだのは3DとGraphicですよね。

■ 3Dの授業でやったこと:食べる

2週間の3D授業のテーマは‘EAT’でした。EATに関するリサーチをし、そこから得た情報を基にして3D作品を作るというのが課題です。テーマタイトルに関係ありそうなものなら何でもいいということなので私はカフェとFOOD関連イベントに取り組みました。リサーチのために牧場にまで出かけたクラスメートもいました。
3DはArchitecture(建築デザイン)とProduct Design(プロダクトデザイン)とJewellery(ジュエリーデザイン)の3つのエリアに分けられますが、Jewelleryエリアの人が作ったのはFoodに見立てたジュエリーそのまんま、建築エリアはレストラン(そのまんま)、プロダクトの人は食器だったり、椅子だったり、という感じでした。
ちなみに授業は週3日です(例の強制英語授業のある人は週4日ですけど)。とはいっても、授業が無い日でも遊びに行く時間はありません。とにかく課題で忙しいんです。

    ★3DクラスのExhibition ★         ★3Dクラスのスケッチブック★
3Dクラスのexhibition.jpg 3Dクラスのスケッチブック.jpg

■ Graphicの授業でやったこと:①キャラをカタチにする

最初の課題は‘アイデンティティ・プロジェクト’という、誰かにインタビューをして聞き取った内容をもとにその人のアイデンティティをカタチにして写真をとる、というものです。

―― カタチにするってどういうことをするのですか?

なんでもいいんですけど、たとえばこれまでの人生の中で痛い思いをした経験はどんなことだったか?幸せを強く感じたのはどういうことであったか?とか、の質問をしてその回答をビジュアル化するということです。

―― ビジュアル化するって?武内さんがやったことを具体的に教えてください。

私はインタビューした相手の女の子に「もし映画に出演できるとしたらどんな役割を演じたい?」と聞きました。「ヒーローみたいな役を演じたい」というのが彼女の答えでした。そこで私はアメコミ風のセットみたいなのをペーパーで作りました。
もちろん、すべて手作業です。ちなみにファンデのチューターは「ペーパーで」という点に大変こだわります。当然、パソコン使用はNoだし、‘NO Photoshop!!’と常にうるさかったです。ですから、もう、本当に「工作」って感じです。写真を作って、フレームを作って、吹き出しの画像なんかもみんな手で作って。アメリカ生まれのスーパーマンはユニフォームの胸に「S」の字が入っていますが、彼女の名前はNatalieなので「N」に変えました。
え、単純ですか?ええ、このプロジェクトはどこまで単純化できるかというところがミソなんですよ。私はこういうのが大好きなので、とても楽しかったです。

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★武内さんの作品: N ★

■ Graphicの授業でやったこと:②重要なブロッコリ

‘形容詞’と‘名詞’をランダムに渡され、「2つの単語を組み合わせたフレーズを基にしたイラストレーション」というのが2つめのプロジェクトでした。たとえば、渡された単語が‘explosive(爆発性の)’と‘pajamas(パジャマ)’なら‘爆発的なパジャマ’というフレーズになりますが、そのフレーズからイラストしようというものです。そもそも、このプロジェクトのタイトルが『Important Broccoli(重要な・ブロッコリ)』なんです。私に渡されたのは「ニュー・ブロッコリー」でした。「めがねをかけた・爆発」とかもあったな。英語力がないと発想力も出ないから結構難しい。

■ Graphicの授業でやったこと:③タイポグラフィー

3つめはタイポグラフィー・デザイン。タイポの歴史などの教養部分には触れず、「純粋にLETTERで遊ぶ」という段階です。渡されたアルファベット文字のデザインが課題で、私は「P」をもらいました。pleats(プリーツ)の連想からPというレターを全部プリーツであしらってみたり、Pinch(つまむ)の連想から何かにつままれて伸びている形のPの字を作ったりしました。他のクラスメートのアイデアで面白いと思ったのは、zip(ジッパー)で作ったZや2羽のswan(スワン)で作ったS、bee(ハチ)で作ったBなんかですね。作ったレターをシルクスクリーンでプリントしました。1日目に黒を刷って、2日目に赤を刷っての2色刷りです。

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★武内さんの作品: Pinch ★

■ Reflective Journal:収穫日記

これは「やったことを書き留める」というものです。私はどんなふうにすればいいか考えたあげく、右ページを英語で、左ページは日本語で、というふうに見開きで一組にしました。すぐに英語で書けないことは日本語で書いておいて、後で訳して右に移す、とか、そういう工夫をしています。(一同感心)

■プレゼンテーション

たくさんあります。ファンデのコースが始まってまだ8週目くらいですが、もう4回やってます。

―― クラスで一番英語力が低いのによくやっているわ。足がすくみませんか?

1回目のプレゼンで恥かきまくったので平気です。

―― ああ、さっきちょっと話していたファンデ2日目のいきなりのご指名プレゼンのこと?

コース開始2日目にパフォーマンス用のコスチュームを作ろうという課題が出されました。私はファッションが一番苦手なのに、なぜかそういうグループに入れられてしまい、しかもプレゼンの一番バッターを命じられてしまいました。やけくそで体当たりしたプレゼンの中で「肌が透けて見える感じのニット」と言いたかったのに(単語がすぐ出てこなくて)「Knitting on skin」(肌にニットを縫いつけます)と言っちゃって、クラス中大爆笑です。もう自分でも言ってることがよくわかんないからそのおかしさにも全然気づかなかった。「え、何が悪いの?」みたいな。
後でクラスメートから「君、ファインアーティスト?」(トンでるという意味で)とか、「おすすめのアーティストっている?」とか聞かれて。今でもネタにされています。

―― いやいや、大したもんです。だって昔の武内さんだったらknittingどころかskinという単語すらスラスラ出てこなかったでしょ? てゆうか、準備もなくいきなり名指しされてのプレゼンでonなんて高等な前置詞がたとえ間違いでもスラッと口から出るようになったこと自体がすごいよ。

それ、ほめてるんですか?

■ セントマってどんなところ

まだ1年目なので全貌はわからないんですが、学校全体がピリピリした雰囲気に包まれていて、変わっている人が多いと思います。つんつんしている人も結構多いかな? いや、もちろん優しい友達も良い人もたくさんいますよ。「これが才能というものなのか!」と衝撃を受けるような学生に続々出会います。さすが、レベルが高いです。
先日、(来年の学部進学の)様子見目的でチェルシーカレッジのオープンデーに行ってきたんですけど、「これがユニコンの言っていた学校の雰囲気の違いなのか!」と驚きました。空気が柔らかかったです(笑)。学生たちの雰囲気もセントマと違いましたね。でも、ファンデーションはセントマで良かったと思っています。やっている事もこれからやる事も大変そうだけど楽しそうだから。頑張りたいです。

―― まだファウンデーション中の武内さんに訊くのは早い質問かもしれないけれど、将来どんなことに従事していたいですか?

あちこちに目移りしちゃってるんですけど、今一番興味があるのはプロダクトデザインです。カテゴリーが全然違うけれどショップウィンドウのディスプレイにも凄く興味があります。
媒体も全然定まってないけれど、使い手や見る側の気持ちを熟慮した「モノ作り」をしたいなと思っています。

ロンドン芸術大学、セント・マーチンズでのリアルタイム奮闘記は武内さんのブログへGo!!!
http://ameblo.jp/38london/

【編集後記】
武内さんはセントマのファウンデーション修了後、セントマのBA Product Designに進学。
2015年現在Year 2に在籍中。
初めて会った時は中学生だったのに、時が流れるのは本当に早いなぁ・・・。(遠い目)

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